羅針(10)
場所柄も弁えずぎゃあぎゃあと騒ぎながら到着した2年6組で、けれど俺たちは先輩に逢うことなく終わった。
見た目も中身も不揃いな俺たちを、不可解も露わな面持ちで一巡、眺め回した女子―――ソウノ先輩、と呼ばれていた――は、耳の後ろあたりで横に結わえた黒髪をちょいちょい引っ張りながら答えた。
「あいつ、5時間目から、っていうか、昼から帰ってきてないの。5時間目もいなくて、まだ戻ってない」
「ええー!」
「まじっすか」
見上げる丈のユキ(見られている方は俺の膝を一生懸命見つめていた。放置するとしゃがんで触りそうだったので、腕を掴んでおいた)に顎を上げながらぽかんとし、勝手に教室に入った上、腹を掻きつつ掲示物を見ている新蒔に呆然としたところで、ソウノ先輩は正気に返ったらしい、後輩たちの叫び声に慌てて頷いている。何だか可哀想になってきた。
「うんマジ。かなりびっくりしてる。こんなこと初めてだから」
「見目先輩、普段そんなんじゃないんですよね」
念を押すつもりで聞くと、甚だ心外だ、というように彼女は腰に手を当てた。きっ、とした感じがどことなく鹿生さんを連想させて、遣りづらい。
「当たり前でしょ!」
「あんさあ、誰か迎えに来たりとかしたの?昼とか」
今度は耳の裏あたりを掻きながら質問をしたのは、新蒔だ。事もあろうにタメ語。そして恐ろしいことに、ソウノ先輩はぶんぶんと、抵抗もなく首を振った。
「ううん、立候補の届、出しに行くって出てっただけ。誰も来てないよ。―――あなた、クラスどこだっけ」
「は?あ、オレ、10組ね」
但し1年のな!
ソウノ先輩は「だから知らないのかあ」と納得されておられる。
怖くて突っ込めない俺を赦して下さい。突っ込み隊長の領戒ですら、その後の展開を恐れているのか敢えて静観を決め込んでいる模様だ。さっきから何か言おうとしている日置の脇をくすぐり、ふざけているのか、と先輩に叱られている。貴い犠牲だ。
「それで、あんたたちは何のよう」
「あと、自主練のメニューを聞きに来ましたっ!」
「見目先輩、今日から生徒会で欠席する、って聞いたんで。1年全員出ますんで、伺いに来ました」
「あー…。女子のメニューなら私でいいけどなあ…」
内々の話は任せて、小声で新蒔を召還した。馬鹿、早く来いっての!
俺の焦りも知らず、新蒔は至ってのんびりと近寄ってくる。首を傾げつつも後輩の相手を続けるソウノ先輩を避け、やって来た彼を廊下まで引きずり出した。
「なになに?」
「何、じゃねえ!…見目先輩、居ないって。ここ居ても仕方ないし、帰ろ」
「学内遭難かねえ」
「違うだろ」
普通科の校舎はお世辞にも迷うような構造にはなっていない。しかも見目先輩は2年生だから、俺たちと違って慣れている筈だ。ましてあのひとがそんなお間抜けなことをするとは思えない。
「何かあったんだろうけれど…話すなら、帰ってからでも出来ると思うよ」
ユキの建設的な意見に俺も頷いた。まともな発言ありがとう。
とは言え、帰ってからの会話が可能なのは俺であって、新蒔ではない。先輩を見てみたーい、という彼の希望は叶えられないわけだ。まあ、今日逢えなかったからって見目先輩が消失するわけでもないし、来るまで待つわけにも行かないし。
「また出直せばいいよな」
そう確認すると、彼は「んー」と耳の穴に指を突っ込みながら(汚ねえな、おい)明後日の方向に目を遣った。
「ここまで来んのめんどい」
「………」
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