羅針(6)



「…………はい?」

今何と仰いましたか?
匂坂って、あの、特進科のむかつくチビで、俺って、目の前にいる新蒔大輔のこと、だ。その2人が付き合ってた、だと?

「え、付き合ってたって、ちょっと、」

唐突に慌てだした俺を見上げ、彼は声を上げて笑った。

「普通はそういう反応だよなあ!やっぱ大江はハクジョーだよな。サイトー以外に対してひっでえひっでえ」
「え、ユキしってんの」
「おうよ。昨日教えてやったんだけど、全然反応しないでやんのアイツ」
「ユキは差別したりする口じゃないから」
「いや、そういう意味じゃなくてさ、どうでもイイってか、興味ございませんて感じ」
「………」

うん、その様が目に浮かぶようだ。

「あいつ、結構そういうとこあるからなあ」
「結構どころか、サイトーか、サイトー以外か、でしょ。括りがさあ」
「…いや、それは、ううん、どうかな…。ってかユキや俺のことはどうでもいいんだっての。匂坂とお前だろ」
「ああ、そおそお。オレとー、匂坂、ってかヨシとはー、中等部からの付き合いでさあ、でもそういう関係になったのは中3の時ね。アイツが振られてさあ、慰めてる内になんかまあ付き合うってことになっちゃったわけ」

『ヨシ』――――匂坂のこと。仇名で呼び合うくらいに近い仲。
慰めている内にそういう関係、というのが些か理解できなかったが、ご当人が目の前に居ない所為か、はたまたあまりに唐突な展開の所為なのか、現実感は全く無かった。そうなのか、という事実確認だけ。

「で、1年間清い交際を続けたわけですが、この3月に振られちゃった」

オレが、と新蒔は肩を竦めた。深刻であろう内容の筈が口調も、髪の隙間から覗く顔も意外なくらいあっけらかんとしていた。こいつらしい、ってことなのだろうか。
例えば鹿生さんの話とかしたら、俺は幾らでもギアをローに出来るけど。まるで適当に買った宝くじが予想通りに外れた、くらいの言い振りに、拍子抜けした。
些か乙女思考かもしれないけど、恋愛ってこんなもんか?それとも男同士の恋愛(新しいボキャブラリを手に入れた)だからこそ、なのか。

返答とかリアクションとかに頭を悩ませる俺をおいて、新蒔は記憶を巻き戻すように、晴れた空をぼう、と見上げながら喋っている。

「あいつ結構惚れっぽくてさあ、オレも恋多き男だから気持ちわかんだよね。昔っから女顔だったけど、ヨシん家ってデカイから、イジメとかは無かったわけ。逆に『姫』とか呼ばれてモテモテで」
「話の腰折って良いか、既にこの時点で折ってるけど」
「なになに?」
「男だろ」
「男だよ?男でもモテっしょ」
「あー…そうだな、あー…」と俺は唸った。「悪い、続けてくれ」

男が女役としてもてる、という構図は理解も想像も不可能だが、日夏学園特進中等部はそういったお国柄だった模様だ。高等部にもその土壌は受け継がれてしまったりしているのだろうか。――匂坂自身、そんなようなことを言っていたような、気もする。

「でも、そうじゃない奴だってフツーに居て、ヨシは大体そういう奴に惚れんだよ。何故か。障害を乗り越えてこその愛ってゆうか?そんな感じ?」
「はあ…」
「サイトーさあ、何か渡したとか言ってたけど」
「あ、うん。あれな。…その、ラヴレターを頼まれた。下宿の先輩宛の。知り合いだろう、って」
「へーえ。今度はそいつが王子様かあ」
「王子様?」

濡れていない場所をかろうじて見つけた俺は、コンクリートの上へ座り込んだ。新蒔と向かい合わせ、うまいこと日陰になっていて涼しい。
だらしなく股を開いた格好の新蒔は、立てた膝に頬杖をついた。水に浸って暗い色になった石の床で、放り出された方の浅黒い踵がくるくると円を描く。授業中だってことをうっかり忘れそうになる。



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