羅針(4)
【斗与】
体育の時間はドッジボールだった。うちの体育教師のテンションが低い時、かなりの確率で授業の内容はこれになる。
チーム分けで俺は新蒔と一緒、ユキのチームと1回戦で早速当たった。ドッジになると、ユキは大抵集中攻撃を食らう。でかくて非常に目立つ的なので致し方ない結果だろう。
問題はユキの身体能力はかなり高いので、あいつに投げてもボールは敵チームに取られてしまい、カウンターでこっちはやられる結果になること。そうと分かっているのに止められないのは、皆それなりに楽しんでいる証拠だと思う。ユキにとっては良い迷惑かもしれない。
今日もあいつは集中砲火を食らってはやり返している。鬱陶しいのか、長めの髪はゴムで纏められていて、普段は隠れがちな顔がはっきり見えた。ああやって黙っていれば男前なんだがなあ。
「行け、斎藤!大江キラー!」
甚だ不名誉な称号を与えられた俺は、外野から飛んできたボールを受け止め、振り上げた状態で思案した。ひたすら走る、とか泳ぐ、といった種目ならまだ得意なのだけれど、球技全般はあまり得手ではない。ユキに投げたところで受け止められてしまうのがオチなのにな、と思いつつ、取りあえず投げた。案の定、ユキは難なくキャッチした。おい、何故そこでにっこり笑うんだよお前は。
「サイトー!本気だせええ!おし、悩殺だ、脱げ!」
気が遠くなるくらいくだらないことを宣っているのは、当然のことながら新蒔その人である。奴は「体調不良でっす」の一言で元外に配置され、専らヤジ担当になっている。味方からボールが回ってきても逃げるしな、こいつ。真剣にそういうルールだと思っているのかもしれん。チームメイトは誠に賢明な判断を下したものだ。
「脱ぐかあほ!」
「…黙れ」
低い、這うような声で吐き捨てたユキは、心のブレーキが若干緩んでいるみたいだった。だって元外に攻撃するってどういう了見よ。こいつも大概ルールが分かってねえな。
そして何よりも教師。監督しろよ。女子の方(女子は第2コートでバレーボールに興じている)に行ってしまったらしく、ジャージ姿は影もない。
ユキが投げたボールの判定は少し揉めた末、再度彼のチームから投擲、ということで落ち着いた。新蒔はユキから一番遠いところまで移動し、ボールは別の人間が投げた。ユキはいつもののほほんとした顔に戻って、どうでもよさそうに外野の奴と喋っている。平和的解決だ。素晴らしい。
とは言え、うちのクラスは段々この手の協調性だけが増してきている気がする。それがユキや新蒔の所為――自分は除外させてもらう、俺は被害者だ――と仮定すると痛々しくもある。
暫くの応酬の後、俺は逃げ損なって膝に被弾、外野へと下がった。新蒔がキャッキャと喜んでいる。お前なあ、負けそうになってんだぞ一応。
「いいじゃんいいじゃん、ダルダルしよーよ」
「……新蒔に言われると例えそう思っていても反論したくなるのはなぜだろう」
「え、お年頃だからでしょ?それにサイトー、ツンだしね」
「…つん?」
よく分からないが、格好のチャンスだ。思いついて、隣で――やはりこいつもお喋りに興じていた――立っていたクラスメイト、相合に声を掛ける。
「ちょっと水道行ってきていいか」
膝、と続けると軽く頷かれた。
[*前] | [次#]
[目次]
[栞]
恋愛不感症・章一覧