(3)




要するにアレだ、この推定、夢、の設定においては、俺は牽牛で、斎藤は織姫なのである。それでもって、どうやら眼前のチンケな川は天の川らしい。地面以上にはっきりと発光しているし、目を凝らして見れば、金平糖みたいなものがぷかぷかと浮かんでいる。


伝承によれば、七夕に雨が降ると、引き裂かれた牽牛と織姫は逢瀬が叶わなくなる。橋渡しをしてくれる鵲(かささぎ)という鳥が橋を架けられなくなるからだ。

鳥がどうやって橋を架けるのかは知らない。因幡の白兎に出てきた和邇(わに)、――サメよろしく飛び石を造るのか、ビーバー並の職人作業をしてくれるのかは不明だが、とにかく鵲が橋を造れなければ二人はその年、逢えず終いである。織姫の父とされる天帝が赦したのは、一年に一度の逢瀬なのだ。
それ故に七夕の雨は、織姫が流す悲嘆の涙、「催涙雨(さいるいう)」と表されることもある。

だが、現況において注目すべき点は一つしかない。

(「…俺と斎藤が、夫婦…」)

牽牛と織姫が別離を余儀なくされたのは、一重に二人が乳繰り合い過ぎて働かなくなったからである。どんだけいちゃついていたんだ新婚さんよ、と思わなくもないが、今ならば気持ちがよく分かる…気がする。
でくの坊のように立っている俺と対照的に、斎藤はぐしぐしと目元を擦りながら、冷静さを取り戻そうとしている様子だ。その必死さが胸に、何と言うか、来る。同性に不適切な表現かもしれんが、無敵な可愛さがある。

「な、なあ斎藤」
「何ですか…」

余程先ほどの発言がお気に召さなかったらしい。彼にしてみれば、「あなたは斎藤さんですか?」って聞かれたのと同義だったんだろう。
設定を読み切れなかった俺をどうか赦して欲しい。少々突飛過ぎて、常識人の脳味噌では想像出来なかったのである。

「俺とお前って、その、…夫婦、なんだよな…」
「…何か、不服でも?」

腫れた目蓋の下から鋭い視線が飛んできた。いつもなら怯むところだが、今に限ってはうっかりにやついてしまいそうになった。

「いーや、全く無い。全然無い。日本国憲法上は問題があるかも分からんが、この際だ、目を瞑ろうと思う!」
「…はあ」

拳をぐっと握って頷いてみせると、彼は眉根を寄せて、不審そうに首を傾げていた。哀しいかな、一番見慣れた表情だ。俺と対峙している時の斎藤は三回に一回はこの顔をしているように思う。

「…とにかく。今年はそちら側に行けなくなっちゃったんで。…曇りで堪えてくれそうだったのに、駄目だったから、俺、…その、ちょっと混乱して…」

馬鹿とかゆって、ごめんなさい、と、鼻を啜りながら付け足す姿がいじましかった。俺までもらい泣きしそうである。

「雨が降ったのは斎藤の所為じゃないし。…俺だって厭だよ」
「先輩…」

手の届く所に居れば頭でも撫でてやって、大丈夫だ、と伝えたいのに。数メートル先に確かに彼は居るのに。思ったように出来ないことの辛さが、段々と身に染みてくる。

大体、織姫の親父もケチな奴だよな。新婚さんてのはイチャコラの代名詞みたいなもんなんだから、少しくらい放って置いてやれよ。そうでなきゃ桂三枝のご長寿番組だって成立しないじゃねえの。
それに何だよ、この川。下宿の裏手の川よか細いぞ、絶対。どうどう鳴ってるし、水嵩だってまあ、少々アレではあるが、…やってやれないこともない筈。だってこれ夢だし。


うん、夢なんだから、アイキャンフライ。




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