(2)




何というか、斎藤の服装は俺のさらに上を行っていた。
や、よく似合う。とってもよく似合うし、色々おいし…いや、こういう品性のない発言はよくないな、そう、色々問題もあるのだが、総合評価としては実に素晴らしい。如何せん目のやり場には困るけれども。

長衣――胸から布を巻き付けたような、丈の長い服を帯で留め、上からふわりと薄絹を掛けた扮装は、どう見ても女の出で立ちだった。
ここからだとよく分からないけれど、高そうな衣装の隅々まで、細かい模様が縫い取ってあるみたいだ。金や赤が目にも綾だ。ただ儚げな桜色の衣は、雨の所為でしとどに濡れそぼっている。
あくまでよく分からない(と前置きに念を入れる!)のだが、丸い肩だのすんなりとした脚だのに、衣装がまとわりついて正視しづらい。長衣か、膚のしろさなのか怪しい、やわらかな色味がちらちらと俺の目を射るのだ。別に女顔ってわけじゃないにも関わらず、よくお似合いだぞ斎藤!御馳走様です!

「じゃねえ!」
「…っ?!」

突然に大声を出したものだから、斎藤がびくりと体躯を揺らしている。うお、まずい。と、取りあえず、

「斎藤、傘…傘、差せ!風邪ひくぞ!」

栗色の髪も水を吸って随分と暗い色に変じている。あそこまで濡れてしまって今更傘を差したところで遅いかもしれないが、放置していいわけでもないだろう。無論、飛び出した俺自身も徐々に濡れ始めている。辺りは無風に近く、霧雨に近い雨は、避けようもなく俺たちに降り注いでいた。

「…なんだよ、…それっ…!」
「え?」

心配して声を掛けたつもりだったのに、彼の顔がくしゃり、と歪む。唐突な変化だった。
口脣が真一文字にひき絞られ、頬の筋肉が張り、目眦がぎゅう、と細くなって、あっと思った時にはもう遅かった。

「うっ…、…っ、」
「お、おま、な、な、何故泣く!」
「そ、そんな、傘…なんて、どうでも、いいじゃあないですか…っ!」

狼狽えた俺を余所に、斎藤はぼろぼろと泣き始める。いっそ天晴れなほどだ。
大声を出す訳でもなく、雨か涙かに貌を濡らす彼はひどくきれいで、…だけど、俺はかなしくなった。夢であれ現実であれ、人に泣かれるのはあまり嬉しいもんじゃない。それが大切な後輩であれば尚更だった。

「ど、どうでもいいって、俺はお前が心配で…!」
「だって、もう今年は逢えないんですよお!」
「はッ?」
「は、じゃないでしょう、馬鹿!」
「バ…」

普段は大江や皆川を罵倒するのに遣う文句を、彼は俺へと容赦なく投げつけてくる。
言葉の暴力とは良く言ったものだ。他の奴ならともかく(まあ林あたりに言われようものなら鉄拳制裁なんだけど)、斎藤に言われると破壊力抜群だ。一気にヒットポイントがレッドゲージに落ち込んだぜ。距離が縮まったみたいでちょっと嬉しいけれども。

「こんなに増水しちゃったら、鵲が来られないじゃないですか!傘なんてどうでもいい、こんな、雨なんて…!」
「かさ、さぎ…?」

罵られたショックにぐらつく頭を抑えていたら、続く彼の発した言葉が、一瞬にして思考をクリアにしてくれた。


かささぎ。川。今年は逢えない。…それから、七月。


ばっと顔を上げる。萎れたように立ち尽くす斎藤が纏っているのは、女の――宮女の衣装だった。フィラメントが通電した感じ。

「…お前、もしかして織姫なワケ?」
「――――!!!」

後輩はそうと分かるほどはっきりと、息を呑んだ。そして、たっぷりと吐き出すついでに大声で絶叫した。

「こんの…馬鹿野郎ッ!!!」
「う…っ」


馬鹿馬鹿言われて嬉しいって、…俺はマゾヒストかい。





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