(3)



「盛況じゃないか」
「見目先輩」
「そうか、今年もそんな季節か。…毎年ご苦労だな、大江。小津さんも行ったのか?」
「はい。そのままどっか出てっちゃいましたけど。短冊だけ預かってあるんです」

そうそう、これ付けておけ、って言われてたんだよね。

「え、マジで!何て書いてあんの!」
「えっ…?…うーん…」

見せて良いものか迷ったけれど、どの道ぶらさげたら衆目に晒されることには変わりない。出来上がった飾り物の下から金色の短冊を引っ張り出した。色のチョイスからして、何かもう、小津さんって感じ。

「世界征服、とか書いてありそうだよなあ」
「あの人に征服されたら翌日破綻だろう」と見目先輩。さり気に酷いこと言ってる。「…どれどれ?」
「『地殻変動でハワイが日本になりますように』」

黒澤君の響きのいいテノールで、小津さんの願い事が読み上げられる。
焼き肉定食だろうが半チャンラーメンだろうが、美声が発音すれば別物に聞こえるかと期待したけど、…微妙なものはやっぱり微妙だ。

「…く、くだらねえ…!」

皆川君、絶句。見目先輩も何処か間の抜けた顔つきになっている。

「意外と小さいなあ。…しかも、わざわざ油性マジックで書いたのか、小津さん。あ、裏にも何かあるぞ」

ひらり、と節くれ立った指が、裏面を返す。

「『特上天丼かカツ丼食べたい。鰻でも可』」
「思ったことをぶつけただけなんじゃねえのかコレ。…あー、牽牛にも織姫にも申し訳ねえ…」
「そう思うならお前はまともな願い事を書けばいい」

朗読役に徹していた黒澤君が間髪入れずに突っ込んだ。整った眉の線はどこまでいっても無感動で、鋭い。クールな物言いに、流石の皆川君も詰まっていた。僕も、ちょっと胸に刺さってしまった。色々と…、その、後ろ暗い、ので。



結局、見目先輩も巻き込んで飾り付けを開始することになった。
小津さんの短冊に盛り上がっていたところ、台所から現れたばあちゃんが「申し訳なかねえ、見目さん」と勘違いをし、それに先輩が爽やかな笑顔を返したことで成った帰結とも言える。悪い気もしたが、皆でやった方が早いので、僕もにこにこと黙っておいた。笑顔の大安売りである。


「林も呼ぶかなあ」

林さんたちも巻き込んでやるかなあ、と聞こえたのは、多分幻聴だろう。加輪(連なった輪飾りだ)を笹の葉に潜らせながら一級上の先輩がぼやいている。
あの人騒がせな双子はともかく、斗与はそろそろ帰ってきてもいい時刻だ。初夏を過ぎ、それなりに日焼けしてしまった腕に嵌る時計を見れば、夕飯を食べてもおかしくない時刻に突入しつつあった。
神社の常夜灯が証するかのように、僅かに躊躇った後、ちかちかと灯っていく。タイマー設定は確か五時半だった筈だ。それが無くとも山際にぼんやりと籠もった日で、辺りは何となく白けて明るかった。
まだ梅雨の最中だからか、赤々とした夕焼けには久しくお目に掛かっていない。あと一週間もすれば、港や街や、木々に囲まれた学園を焼き尽くすようなそれが見られるだろう。

「そういえば、斎藤は」

段の少ない脚立に乗って、星や船を括り付ける友達を手伝いながら、黒澤君がこちらを振り向いた。幼馴染みの不在に耐えかねた僕が、携帯電話を耳に当てた時だった。

「…図書館。勉強しに行ったんだ」
「そうか」
「俺が教えてやんのになあ」と皆川君。彼にとっては転校後初の試験になる筈だが、全くの余裕である。うーん、羨ましい。

会話に参加するべく、身体を捩った所為で、バランスを崩した皆川君が脚立の上で曲芸を演じ始めた。彼の友人はこの時の為に横に居たのかと思いきや、冷ややかに観察をしているだけだった。むしろ離れた見目先輩の方が心配そうに声を掛けている。…この特進科二人の友情も何かと興味深い。

そろそろ短冊も付けてフィニッシュかな、と思っていたら、ぷつ、と軽い音がして通話が繋がった。

『―――もしもし?』

ちゃんと男の、でも何処かまろみを残した声が僕の耳を浸す。
それを逃さないように目を瞑る癖がついたのは、いつの頃からだろうか。

「―――…斗与?僕、だけど」
『…着信見りゃ分かるっての。…どうしたよ』
「えと、…七夕飾り、今やってるんだけど。戻ってこないかな、って思って」
『あ、本当?…懐かしいな…』

集音器からは車や人の行き交う、雑踏の音が聞こえてくる。どうやら勉強は終わりにしたらしい。視界を姿勢の良い影が通過していく。黒髪を揺らしながら、見目先輩が玄関へ入っていくのが見えた。

『…分かった、これから帰る』

小さい頃からうちに出入りをしていた斗与にしてみても、河浦で迎える七夕も、夏も、懐かしい記憶を甦らせるものなんだろう。電話越しにも、声がふわりとやわらかさを帯びたのが分かる。離れていても彼の表情が鮮やかに脳裏に浮かんだ。眩しげに目を細め、口元は薄く微笑んでいる筈だ。
早く、早く。ちゃんとリアルに見たい。

『そうだ。何か欲しいものとかある?』

そんな想いが先走って思わず僕が口にしたのは、

「斗与」

即答した。
――――で、繋がった時の慎ましやかな雰囲気とは対照的に、思い切りよく電話は切れた。


(「…しまった…」)


「…どうした」

後悔にくれつつ携帯電話と睨めっこしていたら、僕の様子のおかしさに気付いたのか、またしても黒澤君がこちらを見ていた。

「斎藤と話せたのか」
「うん。…これから帰ってくるって」
「そうか」

多分、凄く機嫌悪いと思うけど。付け足すと、彼は不思議そうに首を傾げていた。

そうこうしている内、どやどやと正面玄関が騒がしくなる。案の定というか、楽しげな餌で釣られた林さんが二匹、つっかけを履き、まろぶように出てきたところだった。
一人が脚立に突っ込み、皆川君は今度こそ地面へ落ちた。それを見た見目先輩がケラケラ笑っている。もう片方の林さんがフラダンサーのレイよろしく、黒澤君の首に加輪を掛けた。やられた方は無体に千切るわけにも行かず、深い皺を眉間に寄せて脱出しようとしていたが、体格の所為か、変に絡まってしまってうまく抜けられないみたいである。

…何と言うか、もう、修羅場だ。

斗与の呆れ顔がこれまた鮮やかに浮かび、僕は言い訳を練ることにした。不可抗力だったんだ、とか、制止したんだけど駄目だったんだ、とか、情けない台詞ばかりが出てくる。
もっと収拾つかない感じになったら、実力行使しかない。僕一人で何とか出来るなんて、到底思っちゃいないんだけど。




- 7 -


[*前] | [次#]

entrance



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -