(2)



義理堅いというか何というか(その手のお祭り事が大好きなだけかもしれない)、出先から帰ってきた理由は笹刈りだったらしく、僕を従えて一緒に地主さんの所に行き、笹を貰ってきたと思ったら、膨らんだリュックサックを背負って小津さんは再び何処かへ出掛けてしまった。
「後は頼んだぜ若旦那」だなんて、全くもう何言ってんだか。まだ高校生だよ、僕は。


しかし、文句を言っていても始まらないので、作業を続けることにする。

まずは笹を突っ込んだガソリン缶へ水を流し込むことにした。洗濯場の水道からホースを引いて、コックを捻れば、あっという間に水が溜まる。水漬けしておかないと暑さと乾燥にやられて、笹は茶色く色褪せてしまう。ボウフラとかが沸いてしまいそうで怖くもあるけれど、長い日にち置くわけでもなし、取りあえずは見た目優先だ。誰だって瀕死寸前の笹に短冊をつけたいとは思わないだろう。願いなんて絶対に叶わなさそうだもの。

水が張ったところで、笹を括る縄の強度を再確認し、葉を少し引っ張ってそっぽを向いていた胴の、向きを調節する。紐と紙はばあちゃんが用意してくれている筈だ。下宿生に混じって、近所の小学生とか、もっとちっちゃい子が短冊を付けに来たりするので微笑ましい。時々いい大人もやってくる。
去年か一昨年か、友人と称して、小津さんが似鳥先生を連れてきたのには後々とても驚いた。まさか自分の未来の担任までもが来るとは思わなかった。


じっとりとした温い空気の中、一人黙々と働く。首に巻いたタオルがじっとりと汗を吸って、重い。でもこういう作業は嫌いじゃなかった。面倒なことを何も考えなくてもいいから。
細長い葉がゆらゆらと揺れる空は、灰色の綿飴を寄せ合わせたみたいに曇っていた。今週の予報では前日は雨で、七日は曇りとのことだった。雨が降ったら彦星と織姫は逢えなくなるわけだけど、曇りはぎりぎりでセーフなんだろうか。晴れてないと駄目とか、あったっけか。

「おーい」
「……?」
「おーい!何やってんだよ大江−!」
「あ、皆川君」

カラカラと窓硝子が開く音がして、見上げると2階の窓から下宿生の皆川君が身体を乗り出し、こちらを見下ろしていた。
肩にごついヘッドホンを乗せ、リラックスした様子だった。彼は試験勉強の類を一切しないそうなので、空調を効かせた自室で、休日の午後を満喫していたのだろう。
この前お邪魔した皆川君の部屋はペンギンが喜ぶんじゃないか、ってくらいに寒かった。僕も大概地球に優しくないけれど、彼のそれはちょっと罰当たりなレベルである。何か対する復讐のようにすら思える。

「七夕のー、笹飾りの用意をーしてるのー!」

声を張り上げて説明をすると、眼鏡をずらしてしげしげと笹やガソリン缶を見ていた焦茶の頭が、ひょい、と引っ込んだ。窓もぴしゃりと閉まる。
聞くだけ聞いて興味が失せたのだろうと枝振りを確認するのに戻っていたら、開けっ放しにしていた玄関に足音が響いた。幅の狭い正面階段を二対の脚が降りてくる。さっきまで階上に居た、皆川君と―――同じ特進科に在籍する、黒澤君だった。

「凄げー、本格的だなあ!」
「…七夕か…」

流線型を描く葉の先を摘んだり、笹の胴体を擦ってみたりと中々の好感触。僕にしたって、別に七夕に命懸けてるワケじゃないけど、反応があった方が準備をした甲斐もあるというものだ。
一通りの始末が終わったので、彼らと一緒に少し離れたところから笹を見る。天気の所為が、飾りの無いそれは少しうら寂しくあった。折り紙、まだあったっけか。

(「加輪と、薬玉と…星、船かな。後は、網飾り」)

斗与にメールして帰りに買ってきて貰おうかな、と思っていたら、黒澤君に名前を呼ばれた。

「どうしたの?」
「「短冊は?」」

見事にハモった黒澤君と皆川君、二人ともばつが悪そうな顔をしている。つい笑ってしまったところ、こういう時の常というか、皆川君が言い訳をした。

「いや、何もねえと寂しいじゃん。枯れ木も山の賑わいって言うだろ?取りあえず誰かつけておけば、後続もスムーズにやるんじゃないかっていう配慮をだな…」
「皆川君、折り紙得意?」と僕は聞いた。「黒澤君も。…もし良かったら手伝って貰えると嬉しいんだけれど。あ、勿論短冊もあるし」
「折り紙?」と皆川君は裏返った声を発した。「…碌にやったことねーけど、…ま、なんとかなるだろ。要するにパズルっしょ、あんなものは」

少し目を瞠った後で、眼鏡の同学年は例の、シニカルな笑みを浮かべて承諾してくれた。万能選手な彼のことだ、ずっとやってきた僕より余程うまいかもしれない。黒澤君は眉根を寄せて、「自分もあまりやったことは無いが」と断りおいた上で、

「…是非、手伝わせてくれ」

―――ありがとう、二人とも。


横山さんのお宅に伺った時点で、ばあちゃんは細々としたものを用意し始めていたようだ。二人が手伝ってくれると言うと、にこにこしながら短冊や糸や、千代紙を持ってきてくれた。

「雨が降らんちゃよかにゃあ」
「じゃんなあ。おーきに、ばーちゃん」

居間に戻り、まずは、と見本を作ってみせる。もしかしたらご近所さんも飾りを持ってきてくれるかもしれないけれど、それまで坊主というのは流石に無しだろう。

「大江ってさあ、方言と標準語の切り替え、何処でついてんの?」
「うーん、特に意識してやってるわけじゃないんだけど。ばあちゃんとか、本家のひとと話すときは時々なってる。僕のはちょっとエセだし」
「…器用だな…」
「ヒアリングは出来てもスピーキングは無理、とかあるよ。時々」
「英語かよ」

なんて事を喋りながら、麦茶を啜ったり、ばあちゃんが差し入れしてくれた西瓜を囓ったりして折り紙に勤しんだ。男子高校生がだべりながら船が出来た、だの、薬玉の糸が巧く結べない、だの騒いで居る光景は、客観的に見れば奇妙だったかもしれない。うるさかったのか、偶々だったのか、―――とにかく降りてきた見目先輩が苦笑していたから。



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