(2)



『お相手は正朱旗の主家です。相手にとってこれ以上の御方はありますまい』

…誇らかに言う義母の厚化粧に、どんなにか靴をぶつけてやりたかったことか!

曰く、花護と掛け合いが子を設ければ、必ず強い力を持つ花護が生まれるのだと言う。
「正朱旗」とはここ、夏渟(かてい)における貴族たちの一派だ。無論、高名な花護たちがうじゃうじゃいる。そこと姻戚関係を結べば、当然、家の格も増す。
俺が引き取られたところは「緋旗」という、夏の末席に配される家柄で、義父も義母も、義理のきょうだいたちにも花護はいない。商売がうまくいって金だけはあるが、家格だけは未だにさっぱりだ。
多分、これからもどうにもならんだろう、と思っていた。だから碩舎を卒業したら官吏の試験を受けて、合格出来たらこの家を出る。下っ端の役人でもいいから死ぬ気で働いて、妹と二人で暮らしていこう。あいつを何としてでも好いた相手に嫁がせてやりたい―――昔からの、俺のささやかな夢。

そんな折の、妹の縁談だった。…何とも分かり易い政略結婚だ。

「…おい、迦眩(かくら)。…大丈夫か?」
「あ…、うん。平気だ」

反芻して思い出し怒りをしていたら、妹を馬に乗せたらしい空戒が部屋に戻ってきていた。突っ立っていた俺の頬を、心配そうに軽く叩く。

「妹ちゃん送っていったら、すぐに戻ってくるからさ。うまく話を引き延ばせよ」
「分かってるって。…なあ、空戒(くうかい)」
「ん?」
「なんか…悪いな。巻き込んじまって」
「馬鹿、何言ってるんだ」と親友は明るく笑った。癖の強い茶鼠の髪が、同調するように揺れる。「…俺にとっちゃ、兄貴の嫁さんだ。ってことは、迦眩は俺の…何になるんだ?兄貴?オトウト?」
「知らねえよあとで考えろよ」

思わず吹き出しながら突っ込むと、空戒はなおもにやにやとした。動きにくい花嫁衣装の袖をいっぱいにふるって、奴の腹を殴りつけた。

「ぐっは、…って、おい、服皺になるぜ」
「んなこと気にするか」

碩舎の親友、空戒の二番目の兄貴が、妹の彼氏だ。
二人が恋仲なのは義父母も知っていたことだ。司法を統べる「紅旗」――――夏の二に値する名門ならば、嫁がせてもいいって言ってたくらいだからな。その掌が返ったのはひとえに、「正朱旗」の威光にやられちまったからだろう。

育てて貰った恩義はあるが、彼らは虎視眈々と、妹を売る機会を狙っていたのだ。
俺と彼女がどんなに縋って泣いて、頼み込んでも聞く耳を持ちやしなかった。終いには俺に、「そんなに紅旗に嫁ぎたいのなら、お前が花精になって空戒の番(つがい)になればいい」などと馬鹿なことを言う。…そんな力がないのは自他共に認めるところだ。そもそも「掛け合わせ」はウェイト的には花精よか人間よりだ。便利にあれこれ選べるなら苦労しねえよ。

「オレとしては迦眩が番になってくれるのは大歓迎だけどな、」

と、馬鹿で優しい親友は平然と言うのだ。挨拶のようになってしまった慰めに、俺は苦笑した。凡庸、いや半端者ながらも今までやってこれたのは、一重に彼のお陰だったと、今更ながらに胸が詰まった。



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