(3)
「俺も今日相方居ないからさ、どうよ、三人で鍋とかしねえ?」
「待て」
「え、なにミメ」
「その三人には俺も含まれているのか」
「めっちゃ入ってるに決まってるじゃん。幾ら日頃ミメからいびられてるからって、俺はそこまで意地悪くねーし。ハブったりとかないよん」
背中を壁にくたりと預けたまま、舌で丸い菓子の玉を舐め取るだらしないポーズで、林は言い募る。
俺はかぶりを振った。
「意地悪、などと可愛い言葉で済むと思うな。お前らの場合は行状が悪い、その一言に尽きる。ついでに付け足すと意地悪でも何でもいいから俺を数に入れるな」
「見目先輩、あの」
話題を打ち切るべく強い語調で言い返したところで、不吉にも黒澤が俺の名前を呼ぶ。
彼らしく、低く落ち着いた――しかし、懇願の意思が滲み出ている声音で。錆び付いたブリキ人形のように首を回すと、強い視線がひたり、と俺を射ていた。
「…是非、ご一緒しませんか」
そうか、やはりそう来るのか。溜息なんてものじゃ逃がせそうもない、この疲労感。まだ何もしていないというのに、部活以上の疲れが俺を襲う。
「黒澤は、鍋は初めてか」
「いえ、…料亭…店、で、食べたことはあります。自分で作ったことはありません」
「そうかそうか…」
大江家に炬燵が初お目見えした時、いそいそと入っていた姿が目に浮かんだ。夏もそうだった。古い金属のかき氷機が下宿にあって、大江が引っ張り出して来た際には、こいつが氷を削る係をしていた。林たちのように飽きもせず、しかも、延々と。
「後輩のたっての頼みを断るのかよ、ミメ」
俺がいやがっているのを如実に悟ったらしい林は、わざとらしく絡むような物言いで責めてくる。猫っ毛の向こうで弓なりに形を変えた双眸から、完全に面白がっているのが分かる。
腹があまり減っていない、といいう言い訳は、もう使えない。事実、とんでもなく空腹なので流石の俺でも口に出来かねた。
「そうだ、二人で…」
「うちとか大家族だから分かるけど、鍋って大勢でやればやるほど楽しいんだぜ?クロちゃん」
「俺の家は、大皿料理もはなからすべて取り分けてしまうので、あまりそういった経験は…」
林に機先を制されるなど一生の不覚だ。これもすべて腹が減っている所為なのか。
思いついた回避策もつぶされ、思考力が低下しつつあった俺は、さらなる失敗を喫してしまった。
―――投げやりになったのだ。
(「鍋料理で失敗した、とはあまり聞いたこともないしな」)
確かに多鶴も、鍋は一番楽だ、なんて言っていたと、後から考えれば自己暗示でしかない記憶を掘り返しながら、不承不承頷いていた己をどれだけ悔やんだことか。
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