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「材料が色々多くて、これだけのものをそろえて、どう捌くものか見当もつかなくなって…」
「なるほどなあ」
手をさしのべると、『誰でも出来る、一人暮らしのかんたんごはん』とキャッチーなタイトルの本が渡される。この男がどんな顔をして買ったのか、僅かながら興味が沸く。
ぺらぺらとページを捲れば、とても美味そうに撮影された料理の数々が現れた。どれも短時間で手間無く出来るらしいが、俺から見ても、準備する具材だとか、小麦粉に水を入れてどうのこうの、なんて下りを見ると、はたして完成図通りのものが出来るのかと疑いたくなる。飯を作ってくれるひとは、どんな相手であれ、それだけで偉大だな。尊敬の対象だ。
「俺もこういったものはからきし駄目なんだ」
「…そう、なんですか」と黒澤は言った。どうやら驚いているらしい。「見目先輩は、一通りのことはそつなく出来るイメージがありました」
「そんなことはないよ」
黒澤の中での自分の印象が、そんな風に作られていたとは。苦笑しながら、どんどんとページを繰った。やろうという気になるだけ、お前も偉い。俺はどこか、――街にある定食屋とか、カップ麺か、コンビニ飯あたりで済まそうと思っていた。
「我が家は男子厨房に入らずで、まともな料理なんて作ったこともないんだ。お前も、そうなんだろうが、いざ一人になると困ったものだな」
「……そうですね」
後輩においては、料理人が居て、給仕する人間が居て、とまた違う環境なのだろうが、一括りに扱うと、彼は少し迷う様子の後で返事をした。何でもないように笑いかけて、本を返してやる。
「このあたりなら『はしご』が無難だ。洋食が食いたいなら、港の手前にカレー屋がある。出前も取れるし、…混乱するくらいなら今日は適当にすませたらどうだ」
「………」
「その内、出来るやつに教えて貰えばいいさ。多分、斎藤とか、東明さん――は受験か、あそこらへんはちょっとは作れるらしいからな。俺も何か適当に……」
「そういう時は鍋がいいんじゃなーい」
「!」
「…はやし?」
突然の声に振り返ると、林が正面階段の手すりに腕を絡ませて、ぶらりと半身を揺らしていた。
濃緑のスラックスに、間違いなく校則違反だろう、生地のやわらかなシャツと、キャメルカラーのセーターを着込んでいる。ということは、こいつも部活だったらしい。悪戯っぽく笑う口からは、棒付き飴が出たり入ったりしている。
…面倒なやつが来たものだ。
「ええと、お前はどっちの方だ」
「ミメが環と思えば環だし、周と思えば周だよん」
「じゃあ、どっちでもいい」
「………」
不満そうな顔だな。しかし俺は真実を言ったまでだ。
「鍋、ですか」
「おっ、クロちゃんは興味がありありですかあ?」
林の環だか周だか――もう面倒なので林でいい――は、目をきらきらさせながら、こちらへ近寄ってきた。正しくは、黒澤の方へ。
「鍋ったら、冬の風物詩だぜ?炬燵の上にカセットコンロ置いて、皆でつつくんだ。うまいぜー?それになんといっても楽だし」
「……」
「野菜とか肉とか切って全部放り込むだけだからな!あとは蓋をすればできあがり!」
「すごいですね」
どうやら真剣に感動しているらしい黒澤は、相手が林である、ということも失念して感嘆の言葉を吐いた。俺はひっそりと溜息を零す。林と出逢ってからこちら、奴が関わった案件で穏便に済んだことはないからだ。
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