隣人は密かに(4)



騒ぐ俺の言葉を追うように、何と黒澤が頼んでくれた。しかも食事を中断して立ってまで。やっぱり良い奴だな、黒澤。流石の好物件。

「周、周、クロちゃんが喋った!クララが立った!」
「おぉおお!とよとよパワー凄げぇな!よし、環、そのままやっちゃえ!侵入を許可しますっ!!」
「はぁあ!?」

折角の黒澤のヘルプが逆効果になった。どこにテンションの上がる要素があったのかはさっぱりだが、林先輩たち(変な日本語だ)は万歳三唱している。その馬鹿力と元気は是非とも別の所に活かしてくれ。大体、俺には時間がないんだ!

約二人分の荷重を妙な体勢で支えているから、腕の筋がぶるぶると痙攣している、気がする。空いた方の右腕は組んだまま閉じこめられてるわ、足元は安定しないわで、逃げるにはもう頭突きくらいしか思いつかない。やるか、頭突き。
俺がヘッドロックへの決意を固めたと同時に、黒澤の長い腕が延びて、リンカン先輩のそれを掴もうとした。ああ、地獄絵図の予感。

「林さぁん!」

その声に囲っていた腕がぱか、と外れた。お待ちしておりました、マドンナ!
やや暗い照明の下で、頭をくるむ手ぬぐいが眩しく見えるぜ。
臨戦態勢っぽかった黒澤がすとん、と椅子へ座り直して、飯茶碗を取った。何事も無かったかのように食事を再開する。
ばあちゃんはエプロンに挟んだ布巾で手を拭き、林先輩たちの飯茶碗を棚から取り出した。顔の皺という皺が全体的に上昇傾向だ。リンカン先輩が、「鬼ババ降臨」とこっそり言う。

「手ぇば、さっささっさ洗ってこんか!もう夕ご飯ぞ!あァたがた、まっこと、せからしかねえ!」
「まっこと、おとろしかー」
「じゃっとー」

ばあちゃんの訛りを真似したリンシュー&リンカンコンビは、慌ててバッグを肩に掛けた。
リンカン先輩がついで、とばかりに俺の頬を引っ張る。

「なんれふか」
「とよとよのここはよく延びるなあ!飯食い終わったらゆっくり延ばさして。出来ればほかんとこも延ばさして」
「いひょがひいのへ、おほとはひでふ」
「そいつは残念」これはリンシュー先輩。ひょい、と相方の後ろから顔を出して、にっこりと派手に笑った。「じゃあ今度暇つくっといてな。俺もやるばい」

やるばいって何だ、やるばい、って。言い返そうと思って、はっと名案が浮かんだ。

「林先輩」
「はいはーい」
「なんぞなんぞー」

――――これの会話だけでヒットポイントをすり減らした気分になるのは、何故だ。いや、固まっている場合ではない。気を取り直して、

「良かったら俺の飯、食って下さい。コロッケも鮭も手、つけてないんで」

がしゃ、と音がして、振り返ったらはっきりと眉を顰めた黒澤と目が合う。そんな顔して睨まないで下さいよ、残したら幾ら俺でもお仕置きは免れない。それに先輩が戻ってくる頃にはあんたも食い終わってるだろうし。

「え、いいの?」
「どうぞどうぞ」
「おっしゃー!じゃあ俺コロッケー!」
「俺もコロッケー!全部食うー」
「俺が先に言ったんじゃん、環ィ」
「俺のが年上だから俺が食う!」
「年一緒だっつうの!」
「オップス!」

もう、どうでもいいから早く帰ってくれ。あんたらに付き合ってると、自分の目的すら時の彼方に忘れてしまいそうだ!



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