隣人は密かに(11)



「えー、そっから来るの?…まあ、いいけど、さぁ。」と友人は呆れた風情で言った。「そうだよ。男だよ」

綺羅々々しい名前の所為で、女だと―――いや、名前以前に、どこからどう読んでもラヴレターのそれは、女から送られるものだと思い込んでいた。まさか、男、とは。

「……入学前研修なんて、俺はやらなかったからな」
「オレもスルーしたけどね。あんなの受けてらんないし」
「お前は、受けなきゃ駄目だろ」
「面倒臭いことは致しませーん」

置き放しのペットボトルから断りもなくスポーツドリンクを注いで、ちびちびと呑み、まずい、と呻いている。人の分を用意しない態度の悪さを責めることも忘れて、俺は手紙を幾度も繰り返し読んだ。内容が途端に上滑りし始めて、うまく頭に入ってこない。

「これ、持ってきたの、でかくて…三白眼の、口数の少ない男だったか」
「ブブー」
「……違うのか…?」

この下宿で特進科と言ったら一人しかいない。一つ部屋を挟んだ先に住む、黒澤 備。
黒澤ならば1年だし、匂坂 美雅と知り合いの可能性も高い。だが、人との間に静かで高い壁を持った印象の彼が、誰かのラヴレターを預かって届けるなんて、想像が出来なかった。

「ってゆうか、何でそうなるの。サギサカ君、超可哀想ー。一つ屋根の下に住んでんのに、愛する先輩に名前すら覚えて貰ってないなんてね」
「あ…阿呆、だから、特進は一人しかいないんだ。今言った奴だけだ。でもそいつじゃないんだろ?」
「真逆のタイプだったよ?ちっちゃくて、ほそっこくて、カラコンみたいな目の子。サギサカ君。……、ああでも、あれはカラコンじゃないね、眼鏡してたし」
「……?眼鏡…?」

眼鏡と言ったら東明さんだ。しかし彼が『小さくて』『細い』のならば、自分こそ眼鏡を掛けるか、目玉ごと刳り抜くべきだ。

「…目の色……斎藤か…?」

それならば、あの小柄な1年生に候補はすげ変わる。元々、同じ学校の奴は4人だ。東明さん、黒澤、大江、それから斎藤。大江の目はカラー・コンタクトとは縁の無い色――だったように思う。それになんと言ってもあの身長だ。

斎藤斗与。

幼い頃、この土地に住んでいたとはいえ、越境入学で同じ中学出身者もおらず、知り合いも少ない。だから宜しくしてやって欲しい、と大家から頼まれた記憶も新しい。様々な不運が重なって、初対面は最悪(主に相手にとって)だったが、今は普通に挨拶を交わす仲だ。
斎藤の双眸は親譲りの淡褐色だと聞いている。
大家の老婆によれば、日本人でもああいった色合いの目を持つ者がちらほら生まれてくるらしい。北には青が、南には淡褐色が見られる、とか。全体的に色素が薄いことと相俟って、慣れればどうということもないが、初見は僅かながらぎょっとしたものだ。

視力が低そうな印象はないものの、勉強の時は眼鏡を掛けるのだろうか――――いや、問題はそこではなく。

友人は「さあね、」と無関心な風で言った。「名前なんて、知らないし。ミメの足音がしたら慌てて行っちゃった。何、その手紙、別の子からなの?」
「ああ。…多分、持ってきた奴と手紙書いた奴は、違う人間だ」
「頼まれ物かな?オレが出て、さぞかし吃驚しただろうね」
「…おい。自覚があるならそれなりの対応をしろよ」
「次回があったら善処しまーす」

心底どうでも良さそうな口ぶりに、次回やその又次があっても、きっと変わらないだろうな、と思った。

「どうすんの?振っちゃうの?…振ったら清き一票、貰い損なっちゃうかもね」
「…見たか、草案」
「見た見た。いいんじゃねぇのアレで。さっすが見目君、ブンブリョードー」

椅子代わりに彼が腰掛けるベッドに、ワープロ文字を打ち出した藁半紙が朱を加えられて散開していた。手紙を持ったままで、拡がった演説草稿の一枚を捲る。為人はともかくとして、この友人の字は本当に奇麗だった。

「ケチ適当につけといたからさぁ、これで行っちゃいなよ。まずは立候補届け出からだね」
「……ああ。そうだな」


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