翳ろうの恋(7)



歪んだ笑顔で東明さんは二人を睥睨した。唇の端がぴくぴく震えている。少し怖い。

「そうかそうか、俺が悪いのか。俺が全て悪いんだな。いいよそれで。いいから、1秒でも早く、部屋に戻って口を噤んで、可能な限りさっさと寝てくれ!明日は夜明けと共に学校へ行け!」

息継ぎもなく見事一息にまくしたてたところで、ようやく双璧の奥に立つ僕と斗与――は多分埋まっていると思うけれど―――に気が付いたらしい。
う、とばつが悪そうな顔をしたので、僕は仕方なしに、本当に仕方なく小さな手を離して林さんたちそれぞれの肩を掴んだ。
力勝負ならある程度、こちらに分がある。

東明さんがぐしゃぐしゃと髪を引っかき回した。無惨なヘアスタイルは、何故か不思議と似合っている。

「東明さん、すいません」
「あ、いや、いいわ。大声出して済まん。…斎藤も」
「俺は、べつに」

気にしていないと笑う斗与に、東明さんがつられたように笑った。
黒縁眼鏡の中で、垂れ目が柔和に細くなる。それが瞬時に、きっと鋭くなった。

「おい林ども」
「はいはーい」
「何ざんしょお」

それぞれの扉の前に二人を移動させた所で、何オクターブか器用に低くなった東明さんの声が追っかけてくる。
同じタイミングで振り返る林さんたち。シンクロみたいだ。

「非常に不本意だが俺は明日までに仕上げるレポートがあるので、お前ら先に行け。見目はさっき入ると言ってたから、その後だけどな」
東明さんは続けた。「でもって、人としての心があるのなら大江と斎藤に譲れ」
「あ、僕は今帰ってきたばかりだから、適当に入ります」
「…俺も少しやることがあって。しのあけせんぱい、ありがとうございます。林先輩、先、どうぞ」
「だから、とよとよ一緒に入っちゃおうよ、エコだよエコ」
「だから駄目です!」

ドアが閉じたままになっているのに、力一杯否定をした勢いで林さんのどっちかを堅い木のそれへ押しつけてしまった。
今更気が付いたけれど、これ部屋と人間を取り違えてたらどうしよう。何かリアクションがありそうなものだから、多分、正解なのだと思いたい。

一瞬、冷静になりかけた東明さんは怒気が見て取れるくらいに憤った。
目がくわっと見開いて、シャープペンシルの炭素汚れなのか、灰の煤みたいなので黒くなった手でもって、びしりと二人を指さす。

「何がエコか!人んちの風呂でウォーターシューターやって湯を減らしたのは、どこのうつけだ!」
「はーい、ここのうつけでーす」
「俺もでーす」
「何おう!」

――――不毛だ。数分前の会話に、内容は違くても逆戻ったような錯覚がある。ある意味シャケ以上。
手を離しても、部屋に一向に入る様子のない二人組は、距離を取ったままで東明さんと応酬を始めた。
少し背を反らすと斗与が手招きをしていた。

「ユキ、なんか…」
「うん」
「新蒔よか酷いと思うのは、俺の気の所為かな…」
「……うん。僕も今同じこと思ってた。東明さんには悪いけど、三人揃うと倍増するよね…」
「やるせなさとか、不毛さ加減とか」
「うん、エンドレスな感じとかね」
「俺は部屋に戻るから、お前も飯食いに行ってこいよ、早く」
「そうする」

するすると素足が部屋へ引っ込んでいって、扉が静かに閉められて、僕は感傷的に溜息を吐いたりした。


大好きな相手と一緒に住めるなんて、ほんとうに奇蹟みたいだけど。内も外も、至るところ障害だらけだ。
えっと、大家の孫としての僕は、タイミングを見計らって三人をそれぞれの部屋へ突っ込んだ方がいいんだろうか。
それとも、さっさと制服を着替えてご飯を食べに行った方がいいのかな。



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