見目惺について(1)



【斗与】


ユキのばあちゃんの家、つまり俺の下宿先は日夏学園――日学から歩いて四、五分ほどの距離だ。高校の東門から橋を渡り、川沿いを下っていくとあっと言う間に大江家の裏に出る。とんでもない立地条件だ。やろうと思えば昼休みに部屋へ帰って仮眠を取ることだって出来る。
ユキの話によれば下宿生で実際にやっている人もいるらしく、俺も一回やってみようかと思ったことはあるが多分、無理だ。俺が下宿に帰る、ユキついてくる、ばあちゃんに見つかる、怒られる。以上、シミュレーション終了。大体そこまでして寝たいわけでもない。きっと忘れ物でもすれば恩恵にあずかれるだろう。

なりゆきで預かった形の手紙を気にしながら、その距離が短いことを今日ばかりは恨んだ。思い悩みながらだらだらと歩きたくても、西日が照らすアスファルトはすぐに尽きて、獣道みたいな細い隙間を縫い、朝顔の蔓が絡まる塀を横にすれば、目の前にあるのは木造の古い家屋だ。

この家は元々旅館だった建物をばらして運んで、柱だの板だの瓦だのをリサイクルして建て直したものなんだそうだ。しかも区画整理か何かで、となりの空き地に天神様――菅原道真の社が引っ越してきたもんだから、一つのでかい敷地に下宿と天神様が同居する、珍妙な眺めになっている。
餓鬼の頃は家の庭に神様が住んでるなんて凄げえ、と感動していたが、でかくなって改めて見ると若干、怖い。神社と言っても神官が住んでるようなものじゃなくて、お稲荷様の三倍バージョンみたいなのがどかんと建っているだけなんだ。
なんつうの、野菜の無人販売みたいな感じなのか?野菜の無人販売はいいよ、鮮度はいいし安いし。
でも人気のない神社や寺が家の近くにあって、夜になると自動灯でぼろぼろの石の鳥居や、角の欠けた牛の石像、社の赤い屋根がぼんやりと仄光っている様は幻想より怪奇の世界だ。少なくとも、俺にとっては。


一度早朝にひゅ、ひゅ、と妙な音と、番町皿屋敷みたいに低っくい声で数を数える声がして、震えながら窓を開けたら、神社の前の石畳で黒袴の変人がぴょんぴょん跳ねていた。しかも跳ねながら素振りをしていた。

それが見目先輩。

『早素振りって言うんだよ』

爽やかな全開の笑顔でスポーツドリンクを飲み干した彼は、やあ、おはよう、とこれまた信じられないくらいの爽やか挨拶を始め、「女の子が入ってきたなんて知らなかったなあ」と宣いやがった。
男であることを力一杯主張したかったのだが、二階から絶叫するのは憚られたし、何より面倒で、黙ってぴしゃりと窓を閉めるに留まった。
御陰で直接対決を果たすまで、見目先輩の中で俺は「青絅女子あたりに居そうなツンな女子高生」という大誤解設定が付与されていた。その所為で今でもちょっと話しかけ難い。
だって、にこにこしながら見下ろしてくるその頭の中で、「青絅女子あたりに居そうなツンな女子高生っぽい下級生」とか思われていたらサイアクだ。

黒い短髪、やや太めの眉、白目と黒目のかっきり分かれた双眸に、ひたすら白い歯。顔立ちは派手というよりも地味だ。けれど各パーツはとても整っている。体つきはバランスが良い筋肉質で、白い開襟シャツがよく似合う。男っぽいが、こざっぱりしていて、不思議と汗臭さとか野暮ったさを感じさせない。
使い込まれた革靴は常によく磨かれている。光沢に浮かぶ薄い疵ですら逆に誠実そうな印象を与える。

それが見目先輩。絵に描いたような好青年。
俺のイメージの見目惺というひとは、そういうひとだ。


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