隣人は密かに(5)



大ボスを倒す前にうっかり体力を削ってしまい、回復アイテムがない。しかも背後の橋は落ちていて、戻りたくても戻れない、っていう状態。即ち今の俺。
黒澤にたたき起こされ、飯を食い、双子に弄ばれた末、ようやく帰って来られた。

正直、ぼろぼろだ……。もう止めて!俺のライフはゼロよ!このまま寝てしまえたら、どんなにか楽だろう。しかし、さっき一回やったからな。哀しいかな、そこまで脳天気じゃないのだ。



向かいの部屋からは、扉が開いたり閉まったり、でかい声で呼び合ったりとてんやわんやな様子が聞こえてきた。
止めに下からばあちゃんが怒鳴って、凄い勢いで階段を駆け下りていく音がした。恐ろしい。どんなに消耗していても、弁当箱だけは忘れないように気をつけねば。

因みに双子が降りていってすぐに、乾いた足音が階段を上ってきた。俺の部屋の前を通過していく際に、ごんごんごん、とドアが重くノックされた。叩いた主は扉を開けることはなく、そのまま隣の部屋へ入っていったようだった。

抗議か。それは抗議なのか。でも黒澤だけなら相手がリンカン&リンシューコンビでも切り抜けてくれそうだ。実際生還してきているみたいだし。ありがとう黒澤。君の犠牲は忘れない。

彼は物静かな隣人なので、ドアの開閉音以外は正直、居るんだか居ないんだか分からない。時折、クラシックの音楽が細く漏れ聞こえることがあるけれど、どうやら事故らしくて、大抵、すぐに音は途絶えてしまう。
多分ヘッドホンに切り替えているのだろう。




乱雑に閉めたカーテンからは日が落ちた後の暗い空と、その中でぼうと光る天神様の灯りが覗いていた。
でかい鈴や賽銭箱のあたりはかなり明るくて、近所のお年寄りがお参りに来る様も見える。
賽銭ドロ防止の為かと穿ってみているのだが、いないか、そんな物好き。

天神様の周りには、楠が二本立っている。うちひとつは大人の男が五人くらい、腕を広げて抱えきれるかどうか、ってくらいの年数を経た大樹だ。楠の枝は社の屋根の上から伸び上がり、黒い雲のように天を覆っている。風で枝葉がざわざわと揺れる他は、外からの物音は途絶えていた。大通りから少し入ったところにあるから、夜になれば静かなものだ。。


さて、当面の俺の問題に戻ろうではないか。手紙だ、手紙。


さきほど勉強机の上へ置き去りにしたままだった白い紙を取り上げる。
約1時間経過した後も、残念ながら、特に気化や液状化の予兆はない模様である。消えてくれと念じても勿論、無駄。


俺はこれを渡すのか、渡さないのか。



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