隣人は密かに(12)



1年の時、生徒会総務部の書記補佐をやった。今度は執行部執行。

当選すれば2学期の頭に執行選挙に出る権利が発生し、生徒会長に就任出来る。実際は執行着任の際の得票で『代行』となった者が事実上の生徒会長だ。特進科からも立候補者が出るので、激戦は間違いない。
ただ、執行となれば附属大学への進学も約束されるし、外部進学の指定校や留学支援も優先的に受けることが出来る。単なる行事や委員会職とは訳が違った。
そこまで拘ってはいないけれど、選択肢は多いに越したことはない。

「ウチは案外馬鹿ばっかりだしさ。くだらない派閥作って足の引っ張り合いなんだよねぇ。変な奴に就かれるならミメが安心」
「俺の方がまだマシ、とも聞こえるな」

揶揄すれば、けたけたと笑う。あいつと違って、彼はよく笑った。作り物にしろ、何にしろ。

「否定しろよ」
「オレ、嘘吐くの嫌いだもーん」
「だもん、ってなぁ…お前…」思わず溜息が出た。散らかされた原稿を纏め直して、クリップで留めて教科書の上へ載せる。ラヴレターもその上へ重ねて置いた。
「あいつ、いつ戻ってくるんだ?」
「えっと、遅くて来月末?あんまり遅いと期末考査に引っかかっちゃうし。ほんとはあっちに立候補して欲しいんだよね。で、来年はミメコースで執行をやる、と」
「そんなことする柄じゃないだろ…」
「オレだってガラじゃねぇし。あー超面倒ー。票の取り纏めとかの方が全然楽。にこにこ笑って宣伝してればいいだけだから。ねぇ、ミメさぁ、オレの分の台本ついでに作ってよ」
「厭だ」
「ケチ」

どうせ俺が書かずとも、自分で何とかするか、彼の世話役が用意してしまうのだろう。本人にやる気が無いので、今回は後者かもしれないな。
能力のある男だが、快不快で物事を決定するきらいがあるから、ムラが激しいのが難点だ。それでも大抵のことは、常人以上にこなせてしまう。

「ま、適当にばーっとやって、ばーっと済ませますよ」

ぐん、と上体を起こした彼は悠長な伸びをした。壁の時計を確認すると、11時を回っている。幾ら大家に気に入られているとはいえ、あまり人が出入りをするのに適した時間ではない。
友人もそれを悟っているのか、ご丁寧に欠伸までして、床に放り出されていた薄いアタッシェケースを拾い上げた。

「ミメぇ」
「何だ」
「その手紙、どーすんの」

薄く微笑みながら示すように翳された手の方を見遣った。限りなく整った顔が浮かべる上品な笑みも、見慣れた此方からすればにやにや笑いと分かる。からかうなよ、と呻いた。

「…断るだろう、普通に」
「へーえ。ふぅん。そお。ヤってみたら、案外イイかもよ」

何を阿呆なことを言っているか。湿り気の残る髪を乱雑にタオルで拭きつつ、今更、喉の渇きに気が付いた。机の上のペットボトルには、時間の経過を表す水滴がみっしりと付着していた。

「俺はお前と違って心が狭いんだよ」
「そっかぁ。断っちゃうのかあ」と大して残念そうでもなく、友人は言う。「試しに遊んでみればいいのにねぇ、ま、ミメはしないよねぇ」

そして、のらくらと話していた面がぱあ、と明るくなった。厭な予感がする。
こいつがこの手の表情でする提案はどれもこれも碌なものではないと、中学の頃から身に染みて分かっているのだ。

「あ、断るのいつ?明後日の放課後?」
「……なんでそんなこと、聞くんだ」
「や、オレも同席…」
「するな!」
「ミメが何て断るのか超聞きたい」
「プライバシーの侵害だ。却下だな。趣味の悪い」
「自分の不快は他人の快だよ、見目君」

急に、余所行きの、耳に触りの良い声で、優等生ぶった口調で言う。しかし内容が全く優等生じゃない、不穏当にも程がある。経験上、ほぼ無駄と知りつつも、俺は諭すように言った。

「その気が無いなら早めに返事をするつもりだ。明日でも、…明後日の朝でも。そいつがどこのクラスかすぐに分かればいいが、……斎藤に、聞くか。知り合いだろうからな」
「トドメは速攻刺しちゃうワケね。流石は中堅、堅実なことだ」

相手は座って、自分は立ったままなのに、何処か見下ろされている空気が漂う。俺の前ではよく押さえられているが、元来、支配する側の人間だ。
その気になった時の威圧感は年々、ぴりぴりと肌を刺すものに成長している。唾棄するほどに嫌い、憎む一方で、自らもそれを使役する。
息をするよりも自然になっているのだ、おそらくは。

彼や、彼の家を知った上で、拘り無く媚び無く、家同士の関わりも無い存在であるからこそ、俺たちの付き合いは続いている。あまりに背景が違いすぎて共存が出来た口なのだと思う。



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