隣人は密かに(10)



【惺】



「悪いな、風呂まで待たせて。ここ、一度順番から落ちると入るの凄く遅くなるんだ。同級が2人、年上2人だろ。只でさえ俺部活あるし」
「いいよ、別に」と彼。「面白いものも見られたしね」
「面白いもの?」

鸚鵡返しに聞き返せば、彼がするりと差し出してきたものがある。白い、何やら高そうな厚みのある封筒だった。

「それから、これ」
「……チケット?…オア、デス…?」
「『Or des bles』。オール・デ・ブレ。金の麦。特進のカフェテリアのチケットだよ。結構いい金額だけど、プレゼントかもねぇ」
「は…?」

取りあえずグラスとペットボトルを机の上に置いてから、封筒とチケット、それぞれを受け取った。封書の表書きには、紛う方無く自分の名前が書いてある。丁寧だが、細さの目立つ字だ。
ペン立てから鋏を掴んでじゃきじゃきと口を切っていると、友人は心底楽しそうな笑声を上げた。

「どうしたんだ?」
「や……、ミメってそうだよなぁって思ってさあ」
「…『そう』?何がだ」
「いーえいえ、こっちの話」

それでもクスクスと笑いを収めないのはいつもの事だ。毎度毎度思うのだが、笑いの琴線が俺と彼とではかなり隔たりがあるようだ。

取り出した便箋を目で追い、それが所謂恋文であることに気付く。
だが、申し訳なくも、三月の、雨の日の話は思い出せなかった。相手にとっては大切な日であったらしいが、俺にとっては、数ある練習日の中でも、これまた良くある天候不良の日の出来事だ。
いつもは高校の周りを走り込むところ、雨が降っている時は校舎の中を走る。相手と俺とは、その時に出逢ったのだろう。

「1年…さぎさか…。知らないな、下級生は」
「ええー?それは、ちょっと薄情なんじゃないの?」

台詞の割に、口調は全く責めた風がない。当たり前だろう、と肩を竦めて見せた。

「同じ学年でも口すら聞かない奴だっている。まして1年で、しかも女だろう?部活で一緒でも無い限り分からないさ。生徒会の役員なら…まあ、憶えもあるが」

言い返せば、彼は愉快そうに肩を震わせた。明るい色の髪がさやさやと鳴り、秀麗な面が皮肉っぽく歪んだ。

「あーやっぱ、ミメは気付かないかぁ。…それさぁ、持ってきた子どんな子か、知りたい?」

はた、と気付く。今日の郵便に、自分宛の物は無かった。ましてこれは消印も、切手もない。誰かが今し方、部屋に届けたものだ。
すぐに答えを聞くのは、あまりに考えがないようで憚られて、俺は細々と書かれた文章を目で追い掛けた。風呂上がりで乾かし損ねた髪から、ぽつ、と滴が落ちて、慌てて拭った。

「あ、……これ、この匂坂って、まさか男か?」


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