見目惺について(2)



【−】


軽いノックの音に、扉をスライドさせた。思ったよりも建て付けは悪くない、この建屋は古いけれど、手入れも掃除もよく行き届いていた。大切に扱われている家なのだ、と敷居を跨ぐたびに思う。

見下ろせば、小柄な影が立っていた。

「?」

室内の照明を背にたっぷり受けた自分は、その人物をくるむように影を落としている。まじまじと見れば、男にしては小さいが―――――少年だと知れた。

やや暗い栗色の髪と、細い体つき。少し大きめのTシャツと、ハーフパンツ。廊下にぺたりとついた素足が白く目につく。特徴的なのは掛けられた厳つい眼鏡で、正直、彼の容貌全体とミスマッチに思えた。レンズ向こうの双眸は色素が薄いのか、目が合った瞬間、奇妙な浮遊感があった。大きく瞠られたその目から、深い驚愕の表情が伝わる。
視線を落とし、納得した。手紙と何かのチケットを携えている。

「ああ、それね」

すっと手を伸ばし、かろうじて、といった風に握られていた封書と紙の束を取り上げた。相当緊張していたのか、触れあった手はやけに冷たかった。長い時間、渡すタイミングを待って、廊下で時間を潰していたのかもしれない。全く、隅に置けないことだ。
手紙とチケットを一纏めにして、ひらひらと振ってみせる。

「確かに受け取ったから」

そこではじめて、薄い肩がひくん、と揺れた。此方の顔を確認するように、のろのろと首が動く。瞬きが繰り返される。

「…ぁ、あの、」

眼鏡に手を遣るような素振りを見せたところで、「じゃあね」と扉を閉めた。紙切れだけならともかく、預かるには、言葉は重すぎる。
開けた時と同じように、扉はたん、と小気味の良い音を立ててスムーズに溝を滑った。


戸が閉まってから暫くして、何かかりかり、と掻くような音、それから階下からゆっくりとした足音が聞こえてきた。続いて、逃げるような軽い足音が部屋の前から走り去っていく。後者はきっと、あの少年のものだろう。

それらの全てを聞き流しながら、青年は洋型の封筒を開封した。チケットは一瞥しただけで、机の上へ投げた。特進科のカフェテリアのチケットだった。プレゼントか何か―――食事の誘い、なのかもしれない。

いつもならペーパーナイフで封を開くのだが、手元にある筈もなく、爪の先を使って糊を器用に剥がした。指を突っ込んで便箋を引っ張り出す。三つ折りのしっかりした手触りのそれを開くと、神経質な、細い字が綿々と躍っていた。

『見目 惺 さま』

まずは突然の不躾を詫びる挨拶から始まり、3月の入学前研修で高校へ行ったこと、その日が雨であったことが書き連ねられている。

『雨天の所為できっと、屋内ランニングをしていたであろう貴方を』
『一目お見かけしてから、一瞬で』
『その日から雨が降るたびに貴方のことを』

剣道部は袴の上から付ける『垂れ』に、大きく名字を書かれたゼッケンを付ける。だから名前は瞭然で、それを頼りに捜していたこと。特進科だと思って必死になって上級生に当たり、一向に見つけられなかったが、4月の入学後、新入生の部活説明会で演武に立った姿を見て、再会を確信したこと。

『お話したいことがあります』

是非、来て欲しいと綴られた場所は特進科の中庭で、日付は明後日の放課後になっていた。今週は生徒会役員の選挙活動週間になっていて、部活動も緩やかなものだ。剣道部も基本的には有志自主練習の形を取っているので、放課後に時間を作ることは容易い。
最後までざっと目を通して、へえ、と呟いた。

『1年 匂坂 美雅』

「……………」

みやび、か、よしまさ、かは分からないが、書かれた名前だけでは性別不明だ。直接受け取っていなければ、女子と勘違いしそうでもある。

「ああ、でも、…そっか」

入学前研修などと面倒なことをしているのは特進科だけだ。普通科にはそんな慣習はないことに思い当たって、青年は鼻を鳴らした。いっそのことクラスまで書いてくれればすぐに分かりそうなものを、面倒な手法を取る。特進科はローマ数字、普通科はアラビア数字でクラスを表記するから、判断が付きやすい。
男だと、知られたくなかったのだろうか。とは言え、手紙を渡した時点でばれてしまうから、ただの偶然かもしれない。

もう一度、ざっと目を通しながらベッドへ腰掛けると、ドアが再びノックされた。紙の折り目に沿って畳み直し、封筒へ戻す。乾きかけた糊は無駄と承知で上から押しつけた。最早定着は望めない、格好だけでも付けば良い。

引き戸の把手に手を掛けると、「開けろよ」と声が掛けられた。

「アクエリしかないけど、いいよな」
「他の飲み物が用意されてたこと、あったっけ?」

弄うように問い返せば、風呂上がりの血色の良い顔がくしゃりと笑う。
それもそうだと言いつつ、硝子のコップ二つと、二リットル清涼飲料水のペットボトルを小脇に抱えた見目惺が、部屋へと入って来た。



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