隣人は密かに(8)



正しくは、『手紙を渡しに行ったが、何だか居なかったし逢えなかったので返す』と言うことにした。
最大限努力はしましたがどうにもならなかった、またはお送り頂いた封書は宛先が訪ね当たりませんでした作戦。若干苦しいが、プライドと現状打破の折衷案として俺はこれを選択する。
例えば翌朝、早起きすれば恒例の早素振りをやっている、もしくは朝練で登校しようとする見目先輩に会えるだろう。

だが、そうはしない。行った既成事実だけは作るけれど、元より渡すつもりはない。

明日、特進科1年の教室を総なめで当たって、手紙とチケットを返そうと思う。
手紙の中に時間指定がなされている可能性を考えると、朝のホームルーム終了後、もしくは1限の休み時間が望ましい。
呼び出しって昼休みとか放課後だよな、きっと。

つまり、あの手紙の中身が呼び出しと仮定すると、最速は明日の昼以降と当て推量が出来る。
朝から告白する奴ってそんな居ないよな。お互い時間ないし。俺だったら絶対しないな。もし振られでもしたら1日ぐだぐだへこむだなんて、やってらんない。落ち込む時間は短ければ短いほどいい。
あの目立つ外見を頼りに訪ね回れば、ホームルームと1限の休み、両方使って何とかなりそうな気がする。

希望的観測のオンパレードだが、無い知恵絞って決めた結果がこれだ。笑いたくば笑え。
前述の通り、見た目はどうだか知らないが、かなり切羽詰まってるんだよ畜生め。
だってやっぱり、おかしいし。でもまるきり嘘吐くのもやだし。渡した、としらを切ったら見目先輩にも悪いので、居なかったということにして返品する、ってことで。
後はあいつを説得するしかない。…あまり、どころか全然人の話を訊くようなタイプじゃなさそうだけれど。そこはもう、何だ、根性とか…努力とか…。時の運とかでな、何とかするんだよ…。どれもこれも、今までの人生上、あまり縁のない単語だけど。



注意深く辺りを見回しつつ、するりと身体を滑らせて表へ出る。接地した素足から熱が奪われていくのが分かる。
正面の東明先輩の部屋は静かだ。隣の黒澤の部屋、彼が出入りをした感じはない。隣室の様子くらいは壁がそう厚くないこともあって分かるのだ。
物音をなるべく立てないようにして、リンシュー先輩、リンカン先輩の部屋の前を通った。耳を欹てると、それぞれテレビの音とか、電話での話し声らしきものが聞こえてくる。うん、二人は部屋に居る。
リンシュー先輩の前を過ぎ、俺が入ったとほぼ同時に空室となった角部屋を背にすれば目に入るのは見目先輩の、部屋の扉。

「……はぁ…」

ぺた、と主の無い戸に寄りかかった。たかだかここまで来るのに物凄い精神力を使ってしまった。我ながら混迷と激動の21世紀日本社会を無事渡りきれるのか心配になるぞ。



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