翳ろうの恋(4)



地学室まで一緒に来てくれたのが嬉しくて、「しっかりやれよ」とお小言めいたことまで言ってくれたのが、また嬉しくて、僕はすっかり忘れていた。


友人と川沿いの道を一緒に歩いて、平たい影となった木造の我が家が、ぽつぽつと四角い白い光を抱いているのを目にしてあっ、と思った。


斗与はあの手紙、見目先輩に渡せたのかな。


特進科――サギサカの手紙をどうするのか、結局僕は聴けず終いだったのだ。渡す、か渡さないか、斗与は明確な判断を下してはいないようだった。
考える、って言っていたのは、そのことなのだろう。
三つ子の魂じゃないけれど、しばらく一緒に居なかったにしろ、斗与の性格は分かっているつもりだ。
彼はああいうものを渡すようなタイプじゃない。

例えば、仮に、あくまで仮にだけど、全くないとは思うのだけれど、新蒔大輔宛のラヴレターを女の子が持ってきたとする。それを斗与が受け取る。斗与伝手に手紙が渡れば、友達同士だから、断りたかった相手だとしても、シャケは容易には断れない。
取りあえず受け取って、中を見ざるを得なくなる。その場で速攻断る、という選択肢は封じられる。

ああでも、絶対シャケは喜んで受け取るし、まずそんな手紙が来るわけないじゃないか。この例示は相当うまくないな、我ながら。

だけど、斗与はきっと、直接渡しなよ、と彼女に言うだろう。新蒔のことが好きなら、渡せばいいよって。教室から呼ぶくらいはするけど、って。僕はその様子をありありを思い浮かべることが出来た。



いつもは裏のドアから入るところを、正面玄関の扉を引いて家へ入った。裏は僕とばあちゃんだけが使う。斗与も使って良い、家族みたいなものだから、とばあちゃんは言っているのだが、彼はあくまで正面から出入りをした。
他の下宿生に気を遣っているのかもしれなかった。
今うちに来ているひとたちは、そんなのやっかむような感じじゃないのだが。

「ただいま」

ぼそっと挨拶をして、下宿生の使っている下駄箱の天辺にスニーカーを載せる。
正面から入った時、いつも暫定の置き場所に使う其処には、何やら高そうな革靴が乗っていた。
底が厚くてしっかりしていて、先の方が細く尖っている。つやつやした、カブト虫みたいな一対は、あまり見慣れないものだった。
誰かにお客さんが来ているのかもしれない。


ざっと見た限り、高校生組では僕の帰宅が一番遅いようだった。
小さい頃から長期休暇の度に僕はよく祖母の家に来ていたから、どれくらい靴があれば人が戻って来ているのかを推量したり、下宿の人の名前と顔を覚えたりするのは結構得意なのだ。

居間の方から賑やかな話し声が聞こえてきた。きっと林さんたちだ。

「ばあちゃん、帰っとるけんね!」

大声でそう奥へ呼ばわると、祖母から返事があった。ご飯な、と言うので、食べるよと伝える。
今すぐ食卓についたら、間違いなく林アワーだ。
二時間ノンストップの、ばあちゃんの制止が無ければオールになってしまうくらいの勢いが予想される。
二人と時間を潰すのは楽しいけれど、優先事項があるので今晩はそっちが、先。

行儀が悪いと怒られそうだが、そのまま、幅が狭くて段数が異様にある階段を注意深く上った。
斗与の部屋に電気が点いていたのは確認している。風呂に入っていなければ、居る筈だ。




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