翳ろうの恋(3)



【由旗】


地学部の活動は無事に終わった。活動といっても大したことはしていない。
酢酸の瓶を引っ繰り返したり、メスシリンダーを破壊して大騒ぎしたり、鉄の碗に穴を開けてプラネタリウムを手造りする大計画に着手したり――――要するに、その手のことが好きな連中がたむろって盛り上がっている部活だ。


とても楽しいので斗与も誘ったのだけれど、彼は水泳部か帰宅部か、どっちかにする、と言った。
水泳部は特進科生が多くて、見学した上で入部は辞めたらしい。ただ泳ぐのが好きな斗与にとっては、記録や大会といったものは興味の対象ではなかったようだ。
幸いにして海は近いし、県営のプールも自転車で行ける距離にある。
春先はばたばたしていて彼が泳ぎに行った風は無いけれど、その内、また昔みたいに一緒に行きたいと思う。



僕と斗与は小学校四年の時まではずっと一緒で、その後、約五年の空白期間がある。
彼の母親が亡くなって、斗与は東京へ引っ越したからだ。
引っ越す時、斗与は物凄くさばさばしていて、むしろ大泣きしていたのは僕の方だった。
それなりに友達だって居た筈なのに、大した未練もなく、「じゃあ」だなんて言った。


電話や一方通行な手紙で(筆無精な彼からの返信は、年賀状でまとめてやってくる)連絡は取り合っていたし、思い出深い土地で眠りたいというお母さんの遺志のままに、斎藤の家のお墓はこちらにある。だから年忌法要のたび、僕は斗与と逢うことができた。

僕と逢うのは彼にとっては墓参のついでで、僕が親伝手に斎藤一家の予定を聞くからこそ、成り立つ再会。理由が理由だから嬉しさを表に出すことはできなかったけれど、空港まで迎えに行ってしまう僕を、いつも彼は苦笑しながら待っていてくれた。多分、ばれていたと思う。


年々、たがを失ったように伸びる僕の背を、斗与は憎々しげに「一体何を食えばそうなるんだ」と揶揄した。
中学三年の夏――その背の丈が180センチに達した頃――、法事も、何もない筈の彼が突然家を訪ねてきたとき、それはそれは驚いた。


『俺、日夏に行くことにした』


受ける、とかじゃなくて、行く。斗与の中では最早、決定事項となっていたらしい。
特に深く考えもせず、ぽろりと返事をした。「じゃあ僕も行く」と。
遅まきながら、あの日、僕の志望校も決まったのだ。

もっと下のランクの学校を受けると思っていた親は大丈夫かと心底心配していたけれど、僕にとって斗与と同じ高校に行ける、というご褒美は、この上ない人参だった。

携帯を持っていなかった僕らは、片やお兄さん、片や父のパソコンでメールの遣り取りをするようになった。模試の点数が何点だったとか、ここがよく分からないとか、渋い顔をする父を押しのけて毎日パソコンを起動させた。




幼い頃しでかした、ある決定的な過失の所為で、僕は随分前から、僕が斗与へ抱いている気持ちが恋情だと自覚していた。
また同じ理由で、まともな友人関係すら、最早築くことは出来ないと思っていた。

それが、年に一回、逢えるか逢えないか、戻ってきても遊ぶ暇もそうは無い状況から、一緒に寝起きして学校に行けるようになる。決定は斗与が自らくだしたものだ。

幸せなんて単語じゃ表現できないくらい、信じられない僥倖に頭がどうかなってしまうかと思った。



今でも朝起きると、レースのカーテン越しに見える景色に「ここは親と住んでいる家じゃなくてばあちゃんの家だ」ってことを再確認する。
廊下を少し歩くだけで、斗与に逢える。僕と彼の距離は(物理的なものではあるけれど)ここまで近くなっている。
神様仏様天神様ほんとうにありがとう。
その後、シャケを僕の目の前に置いたことについては、やっぱり恨まないことにします。



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