空ろの城(2)



ぱん、ぱん、と腰を打ち付けながら、玉決の付いた飾り紐でゆるうく群青自身を縛る。
いくら俺より細いといっても普通に男の体だ、力だってそこそこ強い。片手でずっと手首を抑えて、もう片方で彼の放精を留めて、というのは無理がある。幾ら俺の手の力だけじゃなく、戒める金属の枷があっても、だ。
勿論、いやだいやだと駄々をこねているのは端っから無視。そうでなくちゃ、このお役目はやってられない。

青年の胎はどこまでも温かく、狭く、こちらの精を搾り取ろうとするように蠕動している。
ぎりぎりまで引き抜いて、また押し上げて。時々浅く蕾みの周りに亀頭を引っかけるようにすると、物欲しそうな案配に、自ら深くへ飲み込もうとしてくる。

可愛い。

そういえばちょっと腹のあたりが膨れて見える。群青が快楽に魘されているのを確認した上で、右手をふっくらとした腹に添えた。
俺が挿入するたびに、そこがぼこり、と形を変える。微かな水音は、幻聴かもしれないし、願望かもしれない。

「…群青様、聞こえます?」
「…っあっう、っ…な、んだ、よ…っ!」
「群青様のココ、俺のセーエキでぽこぽこ言ってますよ。もう、お腹いっぱいだって」
「…ん…っ、いっぱ…」
「え?」

 涙と涎と、初めの一回で赦してあげた、彼自身の白濁で汚れた顔がようやくこちらを向いてくれた。何かを喋ろうとするたび、呼吸が追いつかなくてはく、はく、と息が上がっている。あやすように喉仏を舐めてやったら、俺が身体を屈めた所為でさらに奥深くまで穿ってしまったらしい。ひゃう、と神様が啼く。

「い、っぱい、ひっ、…れん、ぎょうので、もう、腹ん中、溢れてぇ…っ」
「…っ、そりゃ、光栄です…」
「も、っと、いりぐちの方も擦ってっ、…ぁあっ、奥も、太いの、連暁の、おれ、をっ、」
「―――…ぅ」
「…っはぁ、ひ、うぁ、んあぁああっ!」



 あー、きっと自分で何言ってるのか、もう分かってないな。
無茶なおねだりに煽られて、がつがつと腰を進めたまま、捲れ上がって女の陰口みたいになったあそこを指で擦ってしまった。受け入れるアヌスはまるで口唇のようにきわを膨らませている。でも、どだい何かを突っ込むようには出来ちゃいないのだ。
俺の怒張を喰わせたまま、無理に入り口をいじったら、群青の全身がぎゅう、と硬直した。眼裏が白く灼ける―――。

「…っイっ、……くぅ、ふっ、ぁあああああっ!!」
「――っう!」


急速に狭まった彼に、自分までイかされてしまった。広がった穴からまたしても零れる白い唾。やけに量が多いと思ったら、淡い茂みの中で勃起していた群青のそれが、ゆるく力を失って垂れている。翡翠の飾りが彼の白濁を被って、まだ痙攣を続ける太股の上へ落ちていた。

(「あーあ、勿体無かったな」)

何だか夢中で、群青の顔も、イった瞬間の彼のそれも見損ねてしまった。残念である。
完全に脱力した当の本人は、俺の肩から脚を落としぐったりと伸びていた。
俺も流石に疲れてしまった。幾ら「相性」が良くても、限界ってもんがある。

「…群青様ぁ。おーい、聞こえてますかー」
「…っふ、……っ」
「駄目だな」

 仕方なしに身体を引き抜く。ずるり、と陰茎を抜き取った瞬間、弛緩している筈の彼の体躯は咎めるように俺の先を喰った。その表現が本当に相応しい、後ろがきゅう、と収縮したのだ。
慌てて顔を覗き込んだが、目蓋は硬く閉じられている。短く艶やかな黒髪をかき上げ、よくよく確認したが、やはり昏々と眠っている。

「まったく、困ったお人だ」

 ぼやきながらも、中肉中背といって差し支えない、けれど、確かに男の身体を抱き起こした。

俺の仕事はまだ終わっていない。これから群青の胎内を掻いて清めて、髪を整え、礼装をさせ、外宮へ降臨できるよう、支度を調える。



あまりにも強すぎる力の所為で、平生の状態の群青は、下界に影響を及ぼしかねない。その力を削ぐために、俺のような番(つがい)を娶る。番は相性のいい人間が適当に選ばれる。つがい、だなんてきこえはいいが、単なる慰みものである。
人の世じゃあ、もっと悪い言われようをされる。「贄」として、神に捧げられるのだ。

どこにでもいる平民で、子だくさんの七男坊で、片親で、という出自の俺は、ひたすらに防人として生きてきた。
ひとにとって、「贄」は禍日(マガツヒ)でケガレだ。すべての不幸をそいつに押し付け、「暗宮」(あんぐう)と呼ばれるお粗末な社に閉じ込め、月が一回りする間、ほったらかしにする。

たまの休暇で帰郷してみたら、てめえが「贄」だ、と言われた時の自分の心情は、今、こうしてみても思い返したいものじゃない。だって殺されるんだろうって思ってたし。

若木のような四肢を広げて、意識を飛ばしている群青を見下ろした。シーツは汗とか精液とか、最初に使った聖油で凄まじい惨状を呈している。あまり肉のついていない腹や尻のあたりは言わずもがなのえろい眺めだ。短いけれど濃く、同じ長さに生え揃った睫毛が時折ふるり、と震える。何だか呼ばれているような気分になって、少し伸び上がって、そこにキスを落とす。

「参りましょうか、春の御方」

―――幼い頃一度だけ見た降臨祭で、神様は薄いヴェールを被り、脇侍に抱えられて顕現していた。まさかあれが足腰立たなくなって抱きかかえられているだなんて、誰が想像出来るだろう?よがりまくって肉欲に歪んだ顔なぞ、蒼氓においそれと見せられないもんな。


群青のそんな表情を見て良いのは俺の特権だ。


かつて彼は『群青』だなんてふざけた名前じゃなかった。俺だってそうだ。
ほんとうの名前は『連暁』じゃない。彼は春苑の主になったとき、自分は群青の番になったとき、親から与えられた名前を奪われたんだ。これは御役目の名称であって真名とは違う。
帰るべき場所も、家族も、自分の名前すら失ってしまった。

「…寝てるとほんとう、近所の兄ちゃんみたいな顔だよな、あんたも」

現実から逃げるように目を硬く瞑る彼の、頬を手の甲でそっと撫ぜてやる。小さく唸ったものの、やはり起きる様子はない。多分、外宮に連れて行くまでこの調子だな、と苦笑が漏れた。「相性」の良さとやらも考えものだ。

兵役で傷だらけになった、俺の首や手には重い枷が付いている。両の足下には、人のちからでは破れない鎖がじゃらじゃらと鳴る。戒めは、ずっと、ずっと続く―――このひとが神でなくなるまでの、永劫の生だ。



俺にはもう、彼しかいない。



>>>END



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