(7)



桜の花びらを透かして、人工灯がくっきりと光り始めた頃合い、肌寒さを感じ始めた時間になって、通りの向こうから派手な一団がやってきた。

「あ、あれじゃん?ミハルが言ってたの」
「えー、どれどれー?」
「ね、ミハル君、あの男の子座ってるとこうちらの席?悪くないじゃん」

 聞き知った名前が意識を根刮ぎ浚った。食い入るように眺めた先には、人を蹴り殺せそうなヒールの靴を履いた女の子が三人ほど。それから、彼女たちを侍らせるように、俺の同居人が歩いてくる。取り巻きの女の子たちは友人、と片付けるには少々色気がありすぎた。まるで極彩色で塗られたみたいな、好意に充ち満ちた視線が観春に捧げられている。

「…みはる」

 立ち眩みを覚えながら姿勢を糺すと、丁度、観春が眼前に立ったところだった。縫製のきれいな黒いジャケットを着、アバクロのTシャツにジーンズを穿いている。何の変哲も無い服装でも、彼が着ると雑誌のモデルが抜け出てきたみたいだ。モデル、と言うより、マネキンと称した方がいいかもしれない。朝と同じ、表情の伺えない顔をしているからだ。

「…これで、いいだろ」

 何を言うべきか迷って、結局曖昧な言葉を口にする。約束は守った、次はお前の番だ、とはっきり言いたかったのに、無言の威圧に負けて、それきり黙りこくってしまう。
観春は頷くことすらしなかった。ただ、見下ろしてくるだけ。ゆっくり瞬きを繰り返す双眸に、段々と俺は理解をする。足の先からごっそり抜かれたみたいに、全身の血の気が退いていく。


判断に誤りが無ければ――――観春は、怒っているように見えた。


「え、なあに?この子が観春君と一緒に住んでる子?」

時間が止まったみたいに突っ立っていたら、長身の背後からひょい、と女の子が顔を出した。目が大きくてスタイルのいい女の子だ。土ばかりの公園を闊歩するのが躊躇われそうな、薄い重ねのワンピースを着込んでいる。彼女が身動ぎをするたび、緩やかに巻いた髪とネックレスがしゃらしゃらと揺れた。ほっそりした腕が、黒いジャケットの袖へ自然に絡まった瞬間、思わず俺は目を逸らした。

「席取りありがとー!ねえ、折角だから一緒に花見してこうよ」
「え…」
「いーね、それ!ね、他にも男の子来るからさあ。えっと何歳?お酒、飲める?」
「買い出しちょっと追加してもらおうよ。タケちゃんのケー番、あたし、知らないんだけど」

 良いも悪いも言わない内に、話がどんどん進んでいく。幽かにあった桜の香りは、遙かにきつい香水の匂いに陵駕されてもう分からない。うねる蛇みたいな腕や足や、きわどい形に切り取られた胸元を、観春はアクセサリーのように身につけている。まるで何かを俺に知らしめるみたいに―――でも一体、それは何だ?
やがて、形の良い口脣が綻んでいくさまを、コマ送りのように感じた。

「…駄目だよ」
「えー、なにがー」
「こいつこういうとこ苦手なんだよね」と観春は言う。
「え、苦手とかって意味分からないし」
「席取りして花見無しとかって、勿体なくない?」

 口々に聞き返す女の子たちを余所に、彼はこちらを冷然と睨め付けてくる。視線は一度たりとも、俺からは外されなかった。逃げや言い訳は一言たりとも赦さない、観春の目はそう語っていた。俺は小さく溜息を零す。それから、シートに放り出してあったメッセンジャー・バッグを掴んだ。図鑑を放り込むことも忘れずに。

「みは……中村さんの、言うとおりです。済みません、俺、人混みが苦手なので」
「マジで帰るの?」
「もうちょっとでご飯来るよお?」
「ありがとうございます」と、頭を軽く下げた。「…課題もあるので、失礼します」

 本心かどうかは知らないが、「つまんなーい」とふて腐れる彼女らに詫びて、靴へ足を突っ込んだ。観春からはやはり、一言も声は掛けられない。それで何となく気付いてしまった。
きっと約束は守られることはない。観春は今日も帰ってこない。理由は分からないけれど、間違いなく彼を怒らせたのは俺自身だ。
馬鹿だったのだ。少しでも期待をするべきじゃなかった、赦された範囲で冬織を待たなければいけなかったのに、その領海を越えようとした罰が降ったんだ。


「…な…くん!」


 桜はあっという間に散っていく。どうしたって留めようもない、季節の移ろいだ。夜でも、昼でもいい。冬織と、咲き誇る桜花を見上げてみたかった。乙女思考、センチメンタルだとあいつに笑われたっていいから、二人で、ちゃんと見たかった。

「ヤマシナ君!」
「―――……っ?」





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