(6)





「ごめん、観春。それで、一番に来るひとに場所のこととか伝えておかないと…」
『ショーゴ』
「ん?」
『今の、誰』
「隣のシートのひと」と言って、これでは説明不足だな、と思う。「…俺の座ってる隣で、席取りしてるひと。別のグループの。さっき声掛けられて少し話した」
『女?男?』
「男。二十八歳。トガノさん」
「ウサちゃんでーす」
「…」 

 俺の話している内容だけを拾って、会話に参加してくる兎我野さんに、ジェスチャーでビールを飲む格好をしてみせる。にこにこしながら新しい缶を煽る彼。少しでいいからその調子で大人しくしていてくれ。
人の話は聞かない癖に、自分が同じことをされると、観春は物凄く怒るのだ。

「観春、何度も悪い、それで話の続きだけど」
『…ショーゴ』
「え、うん?」
『なんか喋って』
「……は?」
『なんか、喋って』
「…なんか、って言われても」

 あまりにも漠然とし過ぎているし、突然そんなことを言われても、何も思いつかない。今日は皆が俺の話を訊きたがる日なのか?見えない意図に首を傾げながら、同居人を呼んだ。

「どういう意味だ、観春。何かって…」
『図鑑持ってるでしょ、いつものやつ』
「ああ」
『じゃあ、それでいいや。――読んで、それ』
「でも、何で」
『いいから、今すぐに』
「…アケビ。本州と四国、九州に分布。つる植物で落葉樹。葉の特徴は掌状複葉で、特に小葉は全縁…。…これでいいのか?」
『……早く次』
「花は総状花序で、結実は十月。果が熟すると縦に割れる。…テイカカズラ、またはマサキノカズラ…」

 敢えて断りを入れれば、観春は植物に全く興味を持っていない。俺がこんな内容をずらずらと朗読したところで、彼に資するものは何もない筈だ。
それなのに観春は、少しでも続きを躊躇えば冷たい声で先を促した。偶然開いたつる植物の、アケビからモクセイ、カズラ、マメ科と様々な科名をあげ、膨大な数のクレマチスの品種を挙げた。区切りや息継ぎの合間に、かつかつ、と硬質な靴音が聞こえる。雑踏のボリュームが上がる。おそらく大学の構内を後にし、外に出たのだろう。
彼は移動しながらも、延々と続く喋りに耳傾けているようだった。



図鑑を読み上げるその行為がどれくらい続いたかというと、実にこちらのバッテリーが切れるまで約二時間、果断なく行われた。
声は当たり前に枯れた。途中、俺は何度となく「もういいだろ」と言ったのだが、観春の返事は常にノー、だった。そのうち、ピーピー、と警告音がして、彼の名前を呼んだか呼ばないかの内に、液晶画面は真っ黒に沈んだ。

「……はぁ…」

四角い黒を見つめながら溜息を零す。理解不能である。これでもう、連絡を取る手段は無くなってしまった。
春の日でも夕方を過ぎれば暗くなる。公園の電灯は次々と明かりを点し、下に座り込んでざわめく人混みも大層な数に増えていた。どこからか美味しそうな匂いが漂ってくる。行き交う人影の間から橙の屋台の電飾が垣間見えた。ソース系の匂いに反応したのか、胃袋が空腹を訴える。…そういえば、昼飯、抜いたままだ。

ぼんやりと見回せば、兎我野さんの姿があった。会社の人か友人か、すっかり仲間に囲まれて賑やかに呑んでいる。まだ呑むのか、と思わず苦笑が漏れた。ウワバミかザルかは知らないが、大層強いのだろう。





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