林と炬燵



【皆川】


炬燵って本当に素晴らしい。発明した人間にはノーベル賞を進呈すべきだと思うぜ。
そんなことを考えながら、俺は派手な模様の炬燵布団に脚を突っ込み、ごろごろと携帯ゲームに興じていた。隣と反対側には林の双子が入っていて、やはりPSPの画面と睨めっこをしている。二人の買ったソフトは通信で同時プレイが出来る代物で、お年玉が出たのであれば、お前も買えよと命じられた。
あーん、面白そうだけれど林先輩たちが相手じゃあ何をされるか分かったもんじゃないな。で、迷った結果まだ購入には至らず、だ。
御二人は目下、仮想世界において、猫のシェルパを連れ回し、平原で肉を焼いている。俺は一人でテトリスだ。寂しい男だとか言わないで頂きたい。崇高なる孤独というやつである。因みにこの手のゲームは大得意なのだが、どうもあのスライムもどきが落下してくるゲームはうまく出来ない。仕組みの基本は同じなのにな。

そうこうしている内に林先輩の片方がもぞもぞと動き始めた。えー、俺の隣の辺に入ってる方だ。腹ばいになったままで、芋虫みたいに横揺れをしている。

「…小便行きてー」
「行ってこいよー」
「でも寒い炬燵出たくない」
「じゃあ我慢しろよ」
「実はさ、さっきから堪えてて、マジ出る五秒前って感じなんだけど」

気持ちは非常に良く分かる。炬燵ってもんは誠素晴らしい代物だが、一度入ると出がたくなるからな。俺にとっての炬燵文化は大江家に下宿してからだけれど、下宿生でたむろっていても、何かの拍子に立ち上がると残りの連中から凄い勢いで用足しが頼まれる。さっき飲みさしだったペットボトル持ってこい、とか、郵便物見てくるならついでに持ってきてくれ、だとか。どれもこれも二メートル圏内の移動で済む用件ばかりだ。
しかし、流石に内容が内容だったので、だらだらと同じ(にしか聞こえない)トーンと調子で交わされる遣り取りに、早く行けよ!と突っ込みを入れそうになって―――止めた。
もしかしたらこれは何かの罠かもしらん。
林先輩に接するときは慎重に慎重を重ねて行け、と、斗与と備と大江と、見目先輩と東明先輩に言われてるからな。3連鎖を繰り出しながら、うずく突っ込みの血を必死で抑える。

「ってか、今五秒経ったから普通に漏れたんじゃね?」
「や、流石の俺でもそこは踏みとどまるぜ。バトン部舐めんな」

あ、バトン部ってことは環先輩か。つかバトン部関係ねえだろ、そこ。

「あーやっぱ旗振り回してる奴は違うな」
「おうよ、そこは任せとけよ毎日ダンベルやってっし……――っ来た来た来た来たぁああ」

こっちまで尿意が伝染しそうな絶叫ぶりだ。大体トイレは目と鼻の先だ、幾ら寒いとは言ってもそこまで騒ぐほどのもんじゃねえだろ。つうか、俺の精神の安定の為にさっさと行ってくれよ、なあ。
ブロックの回転から意識が段々と逸れていく。悪い兆候だ。ここは数々の忠言をはねのけ、後の怪我を承知ではっきりと、便所に行け!とでも言うべきなのだろうか。お世辞にも上級生に言う台詞じゃあねえよな。
すると、推定・環先輩は「おー!」と何か閃いた的な雄叫びを上げた。

「周、周!」
「あんだよー。今回してるんだよ肉を−」
「や、そっちいいから。後でハーゲンダッツやるからさ、俺の代わりに便所行ってきて」
「えー面倒くせえよー」
「頼むよー、ほら、このとーり」
「…仕方ねえなあ…」

そこ仕方ないとかで終わるところなの?
のそり、と真向かいの辺から人が這い出る気配がする。呆然と目玉を開いた俺の前を、黒いトレパン姿の林先輩が移動していく。彼は欠伸をしながら、未だ寝そべっているらしい相方へ声を掛けた。

「環、ハーゲンダッツ絶対だぞ。味はマカダミアナッツな」
「オッケーオッケー、ありがとさーん」

推定・周先輩は緩慢な動作で硝子戸の先にあるトイレへ辿り着くと、中へするりと入っていった。沈黙。かちかちとボタン操作をする音だけが響く。

―――――え、ちょっと誰か説明してくださいよこれ。











(Answer:当然ながら周フェイクが環です)



- 1 -


[*前] | [次#]

企画top



BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -