大江由旗の場合(2)



荷物と学ランの上を部屋に置いた後、斗与は僕の部屋へやってきた。グレーのクルーネックTシャツに、Yシャツを引っかけ、制服のズボンを履いている。鬱陶しかったのか、この寒い冬日に木造(決してフローリングなんて贅沢な表現はできない)の廊下に素足で立っている。制服の上からカシミヤのセーターを着込み、厚手の靴下を履いていた僕は充分に暖かかったけれど、彼の様を見た途端、我が事のようにぶるりと体が震えた。慌てて空調のリモコンに飛びつく。
僕が右往左往している間、当たり前のように室内を横断し、斗与はベッドへぽん、と乗った。スプリングに軽い体が跳ねる。まるで猫みたいだと思う。揺れる足の、整った小さな爪の形をつい物欲しそうに眺めていたら、当然、「おい」と名前を呼ばれてしまった。

「買いに行くんじゃないの。…別にチョコじゃなくても何でもいいんだけどさ、俺は」
「えっとね、実は…」

どちらかと言えば不機嫌傾向の声音に、慌てて机の上を探る。手に取った小箱に彼の視線が集まる。

「なんだそれ」
「バレンタイン限定のお菓子!コンビニで見つけて買ってきたんだ」
「…それは用意周到なことで…」

えへへ、と笑いながら箱をしゃかしゃか振ると、斗与は嘆息しながら額を手で覆った。いや、この展開を狙って買って置いた訳じゃなくて、目に付いて衝動買いしただけなんだけれどね。
真っ赤な背景に、これまた赤の内線のついた白いリボンが躍るデザインのパッケージには、流麗な筆記体でValentine、と期間限定、の文字が書かれている。ある種の日本人にとってはぐっとくる謳い文句だと思う。中身はどこにでもあるチョコ掛けプレッツェルのお菓子だ。どこらへんが限定かと言うと、

「棒のところがハートの形なんだよー」
「…金太郎飴みたいだな」

金の中袋を裂いてプレッツェルを引っ張り出す。チョコを被った芯は斗与の言うとおり、断面がハートの形になる仕様だ。一つの箱に、ホワイトチョコとミルクと、ビターと、苺の味が入っている。一箱で四度美味しい優れモノ。
コンビニでアルバイトをしているシャケの話ではかなりの売れ筋商品だとのことだ。CMの女の子みたいに、顔の前で取り出した一本をゆらゆらさせると、ふうん、と鼻を鳴らした後で、彼は小首を傾げて見せた。

「それで?俺がこれを一回受け取ってお前にあげればいいの?」
「違うよー!なにそのヤラセみたいなの!」
「いや、金出して買ってこさせるのも充分ヤラセだろ…」
「僕は斗与にあげたいし、僕も斗与から貰いたかったの!」
「お前ひとつ要求増えてないか」
「気の所為!」

縁に座っていただけの斗与をえいえい、とベッドの上に引き上げて、僕自身も対面の位置に勢いよく乗り上げる。突然の体重を受けてマットレスの下がぎい、と悲鳴を上げたが、黙殺した。
不可解を露わにした幼馴染みに、にっこりと微笑みかける。プレッツェルを口に咥えて、歯を使って上下に振った。

「はい!ハッピー、バレンタインって言って!」
「……」
「ほら、早く」
「一体全体、お前は俺にどうして欲しいんだ」
「えっ、知らないの?あるでしょ、こういうゲーム」

知らない斗与のためにきちんと教えようと、ふやけた先端を囓りながら喋る。
棒の両端から二人が食べ始めて、先に折ってしまった方が負け。うまくいったらキスも出来ちゃう、夢のようなゲームだ。いにしえの合コンや王様ゲームには欠かせないネタだ、と小津さんが宣っていたことまで、丁寧に話した。
僕にしては要所を盛り込んでコンパクトに説明できたと悦に入っていたら、話の途中から俯き加減だった彼はきっと鋭い眼差しでこちらを射た。

ぱかん!

「あいたっ!」
「○ッキーゲームくらい、俺だって知ってるわ!馬鹿にすんな!」
「えええー、じゃあなんでわざわざ訊くの−?」



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