イントロ(5)



「僕は!僕のことは!」
「あーはい、好きだ好きだ」
「斗与ー、俺はー?」

にやにやしながら聞いてくるみな、と、その隣で物問いたげな顔で立ち尽くしている黒澤。からかうのもいい加減にしろ!と叫び掛けたところで、頭上のユキが「いいこと考えた」とか言い始めた。絶対に、絶対に碌な思いつきの筈がない。暗黒フラグだ。

「はァ?!」

猫背、ポケットに諸手を突っ込んで下からメンチ、という理想体勢を取っていた伴に、ユキはにっこりと笑いかける。

「斗与がチョコくれたら、えーと、タイマン?そういうの、してもいいよ」
「ハッ、馬鹿にすんのも大概に…」
「僕、本気だもの。ねえ斗与?」

お前の本気を俺に聞かれても返事のしようも無いわ。思わずぎゃっと歯を剥きだしてユキを威嚇したら、堪えかねたように、黒澤が「…大江」とユキを呼ばわった。

「斎藤が、困ってる」
「でも、斗与は鈍いからこれくらいしないと分かってくれないし…」

本人目の前にして「鈍い」とかってどうなんだ、おい。鈍い以前に俺の拒否権はどこへ行った。
ここで余計なことを重ねて言い始める奴が居た。あっという間の消去法――みなである。ひょろりとした両腕を芝居がかった仕草で振ると、あの、皮肉っぽい笑みを浮かべて見せた。

「じゃあこうしましょう。…斗与からチョコ貰った奴が勝ち」
「は?!」

何においての勝ち負けだ!つうか、本人の意思は無視かよ!
セーターからはみ出た彼のシャツを引っ張って苦情申し立てをする俺に対して、友人は愉快そうに見下ろして言った。

「いいじゃないの。これで四人全員とかじゃなくて、誰か一人に渡せば終わり、で済むぜ?」
「渡さない、って選択肢はどこの宇宙に消えたんだよ!」
「法隆的にそれは無いでしょ」

見れば伴の奴はぎらぎらとした視線でこちらを見ている。ユキとはまた別のベクトルの色合いだ。進退窮まった俺は壁に背を付けたまま、視線の出元をそれぞれ見遣った。何なんだお前ら!そんな目でこっちを見るな!
口を引き結び、薄い木の壁に背を押し付けて必死に睨み返したが、壁のようにそそり立つ四人の勢い(むしろ身長)は凄かった。男からバレンタインのチョコをもぎ取ろうとする構図とはとても思えない。その異常さに気が付かないのは集団心理のなせる技、はたまたこいつらが元々頭の螺旋をすっ飛ばしているだけなのか…。

俺はしばらく口を噤んだままでいた。抗える時間の終わりはもうそこまで来ている。渡さない、と拒んだら一体どんなことになるだろう。
ユキは泣く。まず泣く。これだけは間違いない。伴はキレるだろう。俺の背後の壁にパンチくらいしちゃうかもしれない。林双子の部屋に引き続いて大江家損傷決定だ。
黒澤は…落ち込むのかな。ついでに正気に戻ってくれると嬉しいのだが。みなは発破掛けるだけ掛けて、あっさり「残念」で終わらせそうだ。それでもって翌日から悪戯攻勢に入るだろう。うん、どれもこれも最悪。

「斗与〜、一生のお願い!ね?ね!」
「…無理はしなくていい、斎藤」
「はい、ファイナルアンサー」
「黙ってねえでとっとと決めろ。聞こえてんのかコラ」


・大江にあげる

・黒澤にあげる

・皆川にあげる

・伴にあげる



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