イントロ(4)
伴 法隆。通称、バン。
彼についてはいずれ詳しく語る時が来ると思うので、今は必要最低限な情報だけ明かしておきたい。
伴は冬になってから大江家に引っ越してきた緑陽館の一年生だ。持ち部屋はずっと空室だった見目先輩の向かい。これで目出度く、下宿部屋は全室満室になった。
緑陽の一年イコール林双子の後輩なのだが、この点については本人、とっても不本意そうである。
緑陽館は県下の中堅進学校だし、日夏だって似たようなものだ。俺たちの通う旧学区の近辺は割合とお堅いか、自由な校風でもなりにちゃんとしている学校が多い。昔住んでいた都下の方が、余程に怖いコーコーセーのお兄さん方が沢山いた。まあ、単純に母数の問題かもしれないけれども。
とにかく、俺にとって伴は人生上初めて逢う、「不良らしい」不良さんなのである。あまりにテンプレート過ぎるその外見は、何かのコスプレかと思うくらい。
至る所にアクセサリをぶら下げた骨っぽい体躯、ツーブロックの銀髪は下を思い切り刈り込んで、上をがっつりと立てている。加えて、短くそり落とした両眉、耳に複数空いたピアスホール。偶然だとは思うけれども、薄い口脣から覗くふたつの犬歯が彼の印象をさらに鋭いものに見せている。緑基調のブレザーは当然のごとく着崩され、インナーは黒地に髑髏柄のプリントだったり、目の醒めるような色合いのカラーシャツが定番だ。ネクタイなんて初めから無かったみたいにしている。
古い街において、そんな彼の存在は物凄く良く目立つ。
特定の部活で有名、とか、テレビに出た!なんて場合を別にすると、漫画や映画に出てくるような、学校を跨って有名な生徒っつうのは、実際にはそう簡単には居ない。だが、伴は例外だ。喧嘩番長ぶりは相当なものらしく、「伴法隆」の名前はどうやら、所属校は勿論のこと、日夏、大門、瓜生灘、御所農附属、何故かお嬢様校の青女にまで轟いてしまっている模様だ。
外見のみならず口を開けば先ほどのような台詞がぽんぽん出てくる。接尾語の「コラァ」「アァ?」はほぼ固定、「全身の骨小指の先まで折るぞ」なんて丁寧な解説付きの罵詈雑言もある。聞く度に林先輩たちのテンションはうなぎ上がりである。
実は俺も密かなる伴のファンだ。夢にまで見た、じゃないけれど、分かり易すぎる風体の御陰で「こういうひとって本当にいるんだ」的な感動がある。それに伴って、結構いいやつだと思うし。
段の上から睥睨をしていた茶味の濃い目が、かちり、とこちらを見下ろしてくる。伴もまた、俺みたく目玉の色が薄い。平生から不機嫌そうだか、午睡でもしていたのか当社比倍増しの顰め面だった。
「…てめえが帰ってくるだけでこんな騒ぎかよ」
「断じて俺の所為じゃない!主にこれと、これの所為だ!」
黒澤に罪はない(多分)。だからいつも通り、ユキとみなをびしびしと指差す。
伴は顎を少し引いて小馬鹿にしたようなスタイルを作ると、みなを黙殺し、ユキを睨み付けた。
「おい大江。んなクダラネーことやってる暇あったら、今から表出てオレとタイマン張れ」
「えっ、やだ」とユキ。即答である。
「ぁんだと…?潰されてぇのかオラァ!」
ドスの利いた声で肩を怒らせた彼が降りてきても、幼馴染みは何処吹く風だ。相も変わらず俺の肩を前後運動させることに終始している。いい加減気持ち悪くなってきた辺りで、みなの腕もろとも伴が掴んで振り払ってくれた。
眼鏡の友人はそんな遣り取りを全く気にした風もなく、けろりとした顔で訊いてくる。
「斗与のバレンタインチョコ争奪戦に法隆も参戦すんのか」
「ハァ?……おいメガネ、あんまバカなことほざいてっとマジで殴んぞ。ケツの穴に手突っ込んで奥歯ガタガタ言わされてえのか、あァ?」
「…―――!」
これだよ。このボキャブラリー。一体何をどうすればこんな台詞が言えるんだ、伴 法隆!
思わずうっとりと見上げていると、伴は怪訝そうに眉根を寄せた。彼にとってはデフォルトの表情のひとつだ。眉間に皺の癖がついているからすぐに分かる。
「…んだよ…」
「や、俺、伴のそういうところ好き」
「……」
口を中途半端に開いたまま硬直した伴の像が一瞬にしてぶれた。ユキが遠心力に任せて俺の体を抱え回し、ついで反対側の廊下の壁に押し付けたのがその理由だ。当然ながら普通に酔った。さっきの行動といい、俺の三半規管を駄目にするつもりか、こいつは。
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