イントロ(3)



「まあまあ、そこらへんで赦してやれ…」
「…俺たちも、斎藤からだったら良かった、と言ったんだ」
「…はあ?!」

本日の黒澤は意外性に充ち満ちている。ユキを睨み上げていた視線をスライドすると、相変わらず俺の肩の先あたりを眺めたままで、彼は呟くように喋った。

「そうしたら、もっと…――」
「そこばらすんかい、備!」
「そうしないと大江が誤解されたままだろう」と黒澤。真顔だ。
「いや、普通に大江にも責任の一端はあるだろ、誤解違うだろ」

意味不明な言い合いを始めた特進科コンビをおいて、よくする動作で幼馴染みがぶら下がった俺の頭を撫でていく。

「…だって、好きなひとから貰えたら一番嬉しいじゃない」
「…お前、なあ…」

どこからどう突っ込んだものか、考えて、すぐに思考放棄した。ユキはふやけた砂糖菓子みたいな笑みを浮かべて、止められないのをいいことにこちらの髪毛をくしゃくしゃにする作業に勤しんでいる。面倒臭いので放置だ。問題は、段々とボリューム大になっている黒澤とみなの方。

「欲しいなら欲しいと、正直に言った方がベターだ」
「そこはもっと、こう…策だ!策を練れ!正攻法過ぎるのは純情とキモイの間だ!」
「わざわざねじ曲げて言う必要はないだろう。まして嘘なんて問題外だと思う」
「野球でもなあ、ストレートは一番打たれやすいんだよ。備なあ、そんなんだとどんなにモテても本命にはふられるぞ」
「正直に言うか策を練るかはどうだっていいけど、―――何を欲しいのかな、あんたらは」
「……」
「……」

だんまりかよ。察しは、まあ、ついたけど。
俺はたっぷりと溜息を吐き出し、そこでようやくユキの手を掴み降ろした。未だわきわきと蠢くそれを押さえつけながら二人にガンを飛ばす。

「チョコレート」
「う…」
「…」

みなは目線を逸らし、黒澤は逆にひたり、とこちらを見据えてくる。性格差だ。だが、どう反応されても俺の返す答えはただ一つである。

「なー、んー、で、俺が渡さなきゃいけないんだよ!男に!俺も男なのに!」
「ほ、ほら、世の中には友チョコっつう代物があるじゃんか!」

みなはクラスの女子と同じ御託を述べ始めた。友チョコなるもの、世の中にはあっても、俺の世界には存在しない!

「駄目だぞ斗与。もっと視野は広く持たないとなあ」
「そんな視野いらない!」
「でも、僕は欲しい!斗与からのチョコレート!」
「大江…」

驚嘆というか、感嘆を篭めた目つきで、黒澤がユキを見つめている。え、今のどこにそんな尊敬要素が。思わずおろおろとしてしまった俺の両肩に、どん、と衝撃が落ちた。満面の笑みを浮かべるみなの手が抵抗を赦さない力で乗っかっている。さらには壁に押し付けられた!

「と言う訳で、どうかね斎藤君」
「ねえよ!」
「お金渡すから買ってきてよ、斗与〜」
「お前にはプライドってもんが無いのか、ユキ!」

ユキはみなの上から自分の掌を乗せて、ゆさゆさと揺さぶりを掛けてくる。脳味噌がシェイクされて眩暈がしかかった。

「お、…前、いい加減に…」

だんだんだんだん、と頭上から勢いよく物を叩きつけるような音が響く。

「っせぇな…、…雁首揃えてガタガタ騒いでんじゃねえよ。てめぇらの声響いて寝れやしねえ」
「!」
「お−、起きたか不良少年」
「…っせえよ黙れよ腐れメガネ。…その口縫うぞ、あァ?」

ぐにゃぐにゃの揺れる視界に映ったのは、ラフなスウェット姿にシルバーのアクセサリを散らし、冬の冷たい階段に素足を降ろす白銀の髪の男だった。



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