皆川有輝の場合(5)



「ただいま。おい、備、ノルマ、完了したぞ」
「…お疲れ様」
「………」

そんなこと露ほども思っていないだろうに、先に帰宅していたらしい備は付き合いとばかり、労いを口にした。ペーパーバックを読み耽る彼をじっとり睨め付ける。まあ、その手の調子合わせをするくらいには、彼と俺も打ち解けたってことなのかね。

「あれ、普通科コンビはまだ帰りじゃねえの」
「大江は部活じゃないか。斎藤は…まだ帰っていない。今日はアルバイトかもしれない」
「あー、そうかもなあ」

なんだ、折角報告しようと思ったのにな。残念だ。

最後の一人には大泣きに泣かれたが、何とか菓子の包みを返却することに成功した。
怒る奴、苦笑する奴、酷いと泣きついてくる奴――反応は様々だったが、姿勢さえ決めていればそうしんどくもない。
一体全体、俺のどこに惚れたのか何を言われても納得できなかったがな。大方、備とか夏彦あたりのとばっちりだろうと推測しているのだが。

そうそう、大輔の野郎はぶん殴った上、目の縁にメンタム塗るだけで赦して遣った。腐ったラブレターもどきは朱書きで添削の上、丁重に返して終わり。寛大な処置に感謝するがいい。世の中、赦される冗談と赦されない冗談があるということを思い知れ。


下宿の食堂兼居間で、お気に召したらしい炬燵に足を突っ込んでいる友人に倣って、俺も布団の端を捲った。部屋に戻って荷物を置くべきなのだろうが、流石に、今日はちょっと疲れた。
顎を天板に置いて怠惰なひとときを楽しんでいると、

「……その、ガム」
「ん?」
「気に入っているのか。最近、よく食べている」
「あー…」

鼻の下辺りで膨張と収縮を繰り返している風船へ、備はちらりと目をやった。少なくともこいつにはあまり似合わないオプションだろう。かくいう俺も、不健康な藤色の、着色料と砂糖の集合体みたいな菓子を食べる習慣は無かったんだけれど。

「なんか、癖になってなー」
「…そうか」

らしくない、と言いたいのだろうか。確かにな。自分でもそう思うよ。
ついでに言えば、何かに執着して目の前の障害を薙ぎ払ったり、人生は闘争だ!を掛け声に走り続けるのは自分の業じゃない(それにしても何処かで聞いたような文句だ)。

仮に俺なら、…そうだな。もっとスマートにやるさ。

主張しすぎず、でも傍らにないと物寂しくなるような何気なさで、肝心なときはすぐに手を差し出してやれるような―――使い慣れたちょっといい文房具とか、着心地の良いジャケットとか、そんな感じがいい。

益体もないたとえ話だ。マジでらしくない。でも、そこまで悪くもないと思う。
ぱちんとはじけた風船玉を引っ張り、事の成果を伝えるべく彼の帰りを待った。「お疲れさん」と悪戯っぽく笑う姿が、鮮やかに脳裏に浮かんだ。



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