皆川有輝の場合(4)
何だかほとんど作業をさせてしまった感がある。
斗与の声が空々しいほど明るく聞こえるのも気に掛かったが、それ以上に友人の笑みが何処か辛さを堪えているように見えて、言葉を失った。
次いで事は終わった、とばかりに彼が立ち上がってしまって、追いかけるようにこちらも腰を上げた。俺の道化ぶりを追い詰めた時の鋭さが嘘みたいにあっけない。もう少しだらだらしていってもいいのに。
「礼を兼ねて茶ぐらい出すぜ。…茶請けは、ないけれどな」
皮肉っぽく笑ったら、新聞紙にくるまれた何かが鼻先へと突き出された。色素の薄い目は何やら愉快そうだ。
「ほら、これ」
「……?」
「茶請けにもってこいかも」
そういえば菓子の山の中にこんな包みもどきがあったか?ゴミかと思って一緒に持ってきてしまったかもしらん。
受け取って中を開けばチロルチョコが三つ四つ転がり落ちてきた。それから、破り取ったルーズリーフの端切れ。
「…?」
『皆川有輝様
一目お逢いした時から俺は変になってしましました。すかしたメガネ、ぴらぴらのだっさい特進科のタイ、持久走で周回遅れになっていたジャージ姿に惚れました。俺の嫁になってください。つうか脳内では既に嫁なのでそこんとこ夜露死苦』
「……」
『右手の恋人 DAISUKE★ARAMAKI』
「……」
俺と逢う前からお前は変だったろうよ。露が書けるなら恋くらい書けよ。
むしろそれはつりか。つりなのか。
右手の恋人って、意味がないのか意味深なのか、てにをはを間違えたシモネタなのか、全くわからないんだが。
歯をがちがちと鳴らしながら、くそったれなラブレターを睨み付けている俺の肩を、友人はぱしんと叩いた。
笑いを必死に噛み殺している様子からは、先ほど感じた翳が薄れて見えて、こっそり安堵する。元気になったのなら俺の怒りくらいは、まあ、安いもんだ。
どうでも良さそうな顔しながら、それでもまるで義務みたいな律儀さで、大江とか俺とかに蹴りを入れているくらいが丁度良いんだ。斗与は。
「それは食べても害は為さそうだけど?」
「…害は無くても悔いは残りそうだ」
「…あははは……じゃあ、俺、部屋に戻る。眠いんだ、実は」
「ここで寝るか?」
「――――」
彼はぴたりと動きを止める。不思議そうに首を捻った。
「みなって、あまり部屋に人入れるのは好きじゃないと思ってた」
「…ああ、…うん。まあ、そう、…かな」
ご名答。自分でも己の発言にちょっと驚いたところ。
人を自分の領域に入れるのは面倒だ。俺の理解の、手の、届くあたりで付き合う距離感が相応で―――――。
「……戻るよ、部屋に。みなも明日に備えて充電しとけよ」
「痛いとこ突くなあ」
敷居の上に乗った斗与は思い出したように「あ」と呟いた。
ごそごそと制服のポケットをまさぐっている。差し出された掌の大きさが何やら新鮮だった。紛う方無き男の手だが、俺のに比べて小さく見えた。
そこには蝋紙でくるんだガムが乗っている。
「はい、バレンタイン」
「へっ?」
「選んだでしょ、みなを。」彼は無邪気に笑う。「だから、これ。はい。ベンギジョウ、あった方がいいと思って」
「…ありがとさん」
「気持ち悪い?」
「だから、からかうなっての!」
「……誰かを好きになったら、絶対放しちゃ駄目なんだってよ」
戸の縁に頭を預け、思い出したように斗与は言った。
「障害は全部刎ねて…、死と眠り?とかが、来るまで、たたかわないといけないんだって。後は置いて行かれないように、ひたすら走れ」
受け売りの、受け売り。―――俺にも、あんたにも、そういう相手がどっかに居るといいな。
イノセントに言う彼へ、俺は阿呆みたいにこくりと頷いていた。握り拳に包んだガムが、体温を吸ってだんだんと温くなっていく。
緩やかな変化を証しているみたいに。
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