皆川有輝の場合(3)



「みなってそうゆうの、もっと耐性あるかと思ってた」


手だけは淀みなく動かしながら、斗与は言った。
そこまでの数じゃないし、幸か不幸か、完全に差出人不明のものは無かった。いずれご対面することを考えると胃が痛いが、まあ、仕方がない。…仕方ない、と言えるだけの落ち着きは取り戻せたということか。


「斗与なぁ、俺のこと何だと思ってんだよ」
「うーん、なんか、ひょいひょいと躱しそうなイメージが…」


紅顔の美少年とかなら耽美小説の世界で済む――いや、本当は済まない――が、きっちり筋肉質のフットサル部とか、愛のスクラム、ラクビー部の野郎まで混ざっていたんだ。
お前も一遍、野郎に告られてみろ、凄い衝撃だぞ、と言いかけて、止めた。

斗与には大江由旗なんつうリーサルウェポンが充てられていたのだった。むしろ抗体があるのはお前の方なんじゃ。溜息を吐きつつ、俺は言う。


「こちとら度重なる転校の御陰で年齢イコール彼女居ない歴だぜ?経験値らしい経験値もねえよ」
「…あのひと違うの」


視線の先にあるのは、デュアルモニターのパソコンとモノトーンの色調で支配された素っ気ない部屋において、異彩を放っている写真立てだ。
自分の部屋に立ち入られるのはあまり好きじゃないから、人をあげたことはほとんどない。
そういえば、こんな風に部屋へ入れたのは斗与が初めてかも知れない。物珍しげに見回す素振りにふと思った。

 彼の見る、切り取られた時間の中には、少年が二人と、少女が一人居るはずだ。
背景はこの下宿と負けず劣らずぼろっちい、木造の校舎である。今ではもう、取り壊されて水の底に沈んだ俺の母校だ。

穏やかな笑みを浮かべた、長身の男子は純東洋顔だ。襟足が長い髪形が良く似合っている。
それから少し無理をしたみたいに口の端を歪めて笑う、中学生の自分。
俺らの真ん中には恐ろしく奇麗な女子が並んで映っている。黒檀色の長い髪をもつ彼女だけは、ちらとも笑っていない。いつもそうしていたように、あの時も、深い色の目を挑むようにレンズへ向けていた。


――――かけがえのない記憶。


「女の方か、…男の方か?」

冗談めかして問うた。

「…残念ながら両方ともただの、何の変哲もない―――親友だよ。あいつらとつるんでた御陰で、恋愛なんつう青春の一頁をふいにしたのは事実だけどな」
「ふうん」
「俺、そういうの面倒なんだ。何ていうか、身軽にしときたいんだよ。…そういう斗与の方こそ、居ねえの」
「……今は、…居ない」
「……あ…」


あんなでかい番犬が居たら作りたくても作れないだろ、と揶揄しようとして、彼の声が妙に力ないことに気付いた。
うお、地雷か?表情を伺おうにも俯いているから分からない。
恋人が居なくてもそこまで落ち込むようなことないし、経験あるだけ俺よかマシだろよ。つか、どんな相手だったのかちょっと気になるぞー。

「なあ、斗…」
「ほら、分別終了。これが在籍までしっかり分かった分、こっちは呼び出しの掛かってる分。健闘を祈るよ、色男」
「お、おう。…ありがとさん」





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