皆川有輝の場合(2)
「あっ、これクラス書いてない」
「…じゃあこっちの山な」
目下俺と斗与が勤しんでいるのは、下駄箱に突っ込んであった菓子の分別作業だ。
捨てるのは勿体ない、食べるのは気持ちが悪い(それに甘いものはそこまで好きじゃない)と愚痴ったら、「だったら返せば」と斗与が提案したのだ。
名前さえ分かれば、少し前に行った学外研修のパンフでどこのクラスかが分かる。書いてない奴は呼び出し先に行って、直接返す。煮詰まってグダグダ言ってるよりかは遙かに建設的である。
やれやれ、なんでこんな単純なことに気が付かなかったんかな。
それだけ切迫していたってことなのだろうか。
前の学校のアイツに知られでもしたら、軽蔑の眼差し、かつ鼻で嗤われた上「未熟、惰弱、修行が足りないわこの愚か者!」とか罵られそうだ。ああ、想像しただけで軽く凹むぜ…。
俺が貰った二十弱の菓子を遙かに上回ったモテ男、黒澤 備の御大将だが、あいつ全部捨てたらしい。全部だぜ?!流石の俺もそこまでは出来ねえな。
備曰く、中学校の時、貰ったチョコレートに髪の毛(一本じゃない)とか異物(怖くて何だったのか聴けなかった)が混入していたらしく、それ以来全て破棄する方針に決めたそうだ。恋に走ると男もおまじないをする時代になったらしい。次の世紀末は随分先の筈なんだが。
淡々と、「二十以上はあったと思うが数えてはいない」「呼び出しは断るか無視した」「菓子は学校で捨てた」と宣っていた奴さん、いつも以上に平然とした顔をなさっていたが、慣れなのか性格なのか、友人の奥深さを改めてみた気分だ。
もしかしたら成長の証、諦めという奴かもしれない。
生憎、黒澤ほど老成しちゃいなかった故に、斗与は俺を選んだ。
林先輩に比肩するハイテンション加減があまりに不審だったので、何故かと理由を問い糾すべく謀ったらしい。
そうとは知らない三人には悪いことしいだ。
備や法隆はともかく、大江の沈みっぷりって言ったら無かった。KYKY、と叫んでいた――俺も酷い言われようだ――が、斗与はぺっと舌を出してそれを受け流し、俺を伴ってさっさと退場。家内安全の為、後で何かフォローをしておかないとなあ。
×××××××
十数分前、斗与の部屋の前で問い詰められたときの遣り取りを思い返すに、修行が足りないと罵られても文句は言えないかもしれない。
自室へ荷物を放り投げた後で、彼は凝と俺を見上げた。いや、睨み付けていると言った方が正しかった。
薄茶色の双眸に映る己は限りなく困惑している。我ながら情けない面だった。
一方の斗与は、小柄な体躯のどこに、と思うくらいの怒りオーラを発している。
いつもの突っ込み的な怒り方とは違う。まるで氷点下だ。
『……それで。なに、あの馬鹿騒ぎの理由』
平生よりも大分低い声に、うっ、と怯んだ。
ああいう雰囲気とか喋り方、誰かさんに被って、困る。だから努めて明るい、緩い調子で俺は答えた。
『…理由も何も、単にみんなが斗与のチョコを欲しかっただけだろ。俺はそれに便乗しただけ』
『うそ。林先輩みたいな真似してさ、一体どうしたの、あんたは』
『………』
『らしくないんじゃないの』
驚いた―――と、いうより真面目に焦った。
彼が俺に対してらしくない、とか、らしい、なんて表現を使うのもびっくりしたし、実際問題、自分でもやらかした感があったから。気紛れっていうか、気の迷いっていうか…八つ当たりっつうか。
出来れば万事中庸でありたい、というのが俺のたった一つのポリシーだ。
可不可を決めるのは左と右を自分なりに理解した上で判断したい。究極的に決断をするのは俺だから、余計なことは他人に言わない。大体さあ、相談なんてものする前に、やろうとしている方向って決まっているもんじゃねえの。
『みなって、何かあっても自己解決するイメージがあるけど、それが処理しきれなかったとき漏れてる気がする。今日とか、そんな感じだったから、なんかあったのかなって』
『………』
『でも、うじゃうじゃ人居たら話聴けなさそうだったから、あんたにした』
『…………』
『…訊いても?』と彼は言った。『カモにされたんだから、それくらいいいでしょ』
俺の黒澤化。出るものと言ったら溜息か苦笑しかない。
居たたまれなさに前髪をぐしゃぐしゃと引っかき回した。そんな中も斗与の視線はひたすらに強かった。
『…やっぱりさあ、俺、おかしかった?』
『うん。普通にヘンだった』
『―――そうか…』
そのようにして俺はゲロさせられたのだ。男に告られてショックだったんです、って。
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