(7)



「さあ、知らないよ。…虫刺されとかじゃねえの」
「冬に?」
「…ダニ、とか」
「…ショーゴちゃーん、掃除洗濯はあんたの仕事でしょうがよお」
「気をつけるよ。…おら、どけ。飯作るから」

動揺で跳ね上がりそうな所を堪えて、安っぽい誤魔化しを言う。一方で、頭の中はパニック状態だ。あまりにも突飛過ぎてばれることは無い筈だ。もう一人のお前とできてるんだ、なんて告白したところで誰が信じるだろう。観春に言うつもりは毛頭無いけど。
それでも、観春が俺を疎んだら。ここから出て行け、と言われてしまったら。
冬織にこれ以上、逢えなくなるのは厭だ。

友人は―――恋人と同じ顔をしたそいつは、ややあってから詰まらなさそうに小さな溜息を吐いた。いつものように。

「オレね、ショーゴが幸せそうだと超ムカツク。マジで死ねとか思うよ」
「…っ、そう、か」
「ショーゴは掃除洗濯飯の世話だけしてればいいんだよ、ここで。いつもみたく万事どうでもいいです、って顔してさ」

だって、そうでしょう?

「寝るところの心配が無いだけでも人生充分だよね。決められたことさえやってりゃ、後は好き勝手出来るんだし」
「――…ああ、そうだな。観春の言うとおりだ」

ざらざらと砂糖の溶けきらない液体みたいな声が言う。好き勝手やってるのはお前の方だろう、勘違いするな、と言ってやりたいが、今はそこまでぶちまけて良いかどうかボーダーが分からない。取りあえずぐっと飲み込んだ。

「つうか、お前今日の晩飯どうすんの。午後出ってことは夜、遅いんだろ」
「何、帰ってきて欲しいの」
「こっちの質問を正しく酌み取ってくれ。…いや、もういいわ。ギリで良いから連絡入れろ」

まともに事前の連絡が来た試しは無いけれど、これ以上の会話が辛かったので、振った話題の回答を塞いだ。観春が厭がりそうなことだ。
けれど、もう一度、まともに顔を見る心づもりが出来るまでは僅かの猶予でも欲しかった。幾ら俺でも冬織と同じ顔に「死ね」とか言われたらそれなりに堪える。

観春が尚もくだらないことを言い募っていたが、それには背中を向けて適当に相槌を打った。取りあえず飯を作るからさっさと二度寝でも何でもしてくれ。俺は一刻も早く、この部屋を出たい。




聖句に似せた言葉を繰り返した。心の中で、何遍も。
あいつじゃない、だから、何も傷付くことなんてほんとうは何もないんだ。

「ショーゴ、オレ、目玉焼き厭なんだけど。…だし巻きがいい」
「…黙って喰え。厭ならだし巻きも作るから両方喰え」

あのひとを俺に帰してくれ、と誰に乞えばいいのか分からない。
一日の二十三時間が光の速さで過ぎてしまえばいいのに。もしくは俺も、冬織と同じように一時間を残して、凍り付いた時間で生きて行ければいいのに。
いや、現実にそうはならずとも、自分の生活はあの一時間の為に捧げられている。

それで、いい。

(「冬織。…冬織」)

一番ままならないのは冬織自身だ。俺は、観春の相手をしながら時の進みを待つだけで良い。しっかりするんだ。ここに留まっている本当の理由を思い出せ。
次の真夜中も笑ってあいつに「おかえり」と言うんじゃなかったのか。

銀のボールに歪んだ己の顔が映り込んでいる。そこから逃げ出すように、俺はゆっくりと目を閉じた。


>>>END
U.鹿射(ろくしゃ)


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