(6)



「……ゴ、…ショー…、」
「ん…」
「…オラ、起きろって言ってんだよ」

びたん、と頬に痛みが奔った。まどろみから強制的に引き上げられて、厭々ながら目蓋をこじ開ける。不機嫌に顔を歪めると、もう一度、今度は逆側の頬を平手ではられた。

「痛て…、…あ、…――と、」

冬織、と。続けそうになって、慌てて呼吸ごと声を止める。

ベッドへ横たわる俺を見下ろしていたのは、マネキンのように表情のない観春だった。のっそりと立つ長身の背後に、鮮やかに白い朝の光が見える。それを避けるふりをして―――毎回の落胆を悟られないように、俺は片手を額のあたりに翳した。

「アサメシ」
「え、あ、―――ああ…」

ベッドサイドの時計を見ると、確かにまずい時間だった。観春を起こすのも俺の仕事だから、彼が自発的に起床したことに僅かな驚きを感じる。大概は枕元で騒ぎ立てても中々起きない癖に。
頷いて、体を起こした―――途端に、腰の辺りでずく、と疼痛を感じた。

「う、く…」

昨夜(いや、今朝なのか)、張り切り過ぎた代償だ。下半身が帯状の錘を付けたみたいに鈍く痛む。太股なんてここは泥の中か、と思うほど動かすのが億劫だった。冬織の馬鹿野郎。俺も馬鹿野郎だ。

「どしたの、ショーゴ」
「いや…」

何でもない、と、答えながらも頭の中はフル回転している。
そういえば、冬織のを肚で受け入れた後、ちゃんと掻き出しただろうか?
今回の場合はフェードアウトの後の記憶がさっぱりなので、誠に申し訳ないが事後処理はすべて冬織任せだ。
ベッドの隅に腰掛けたまま軽くいきんでみる。…大丈夫だ。中に何か入っている感じが抜けきらないが、あの内股をつたう、どろっとした感触は無い。
冬織の精を永遠に放ったままにしたいだなんて、糞忌々しく女々しい願望もあるけれど、現実にそんなことをしたら大惨事である。半日は下痢確定、しかも俺は以前に不可抗力でやっちまったことがある。最悪だった。

これ以上ダラダラしていたら観春の不審は増すばかりだ。眠気に未だ支配されている風を装って、ベッドヘッドに手を掛けて立ち上がる。

「朝飯、米とパン、どっち」
「米」
「…今日大学の講義何時からなんだ」
「午後から。喰ったら一回寝る。…ショーゴ、高専は」
「今日は選択だから十時に出れば、…間に、合う…っ」

再度の痛みに襲われて、脚がもつれそうになった。ふらついて、何か支えてくれるもの、と手を伸ばしたら強い力に腕を取られる。
覗き込んでくる薄い色素の目がもろに俺を射た。金縛りにあったみたいに、神経の末端までが運動を止める。

――――観春が、俺を、見ていた。表情のごっそり削げた、氷雪の彫像のような顔で。

「ショーゴ」
「…、な、んだ」

ひょい、と口唇の端が上がる。それですら何処か、芝居めいて空々しい。

「ショーゴ、さぁ。…なんかいいことあった?」
「別に、…何も」と俺は言う。
「―――へえ、…あっそう」

興味の欠片もない声で、それでも観春は腕を捉えたままだ。しかも自分の方にぐん、と引き寄せ、こちらの顔の隅々を眺め回す。薄い染みのひとつだって見逃さないというように。

「ひっ…、あ!」
「…なに、この痕」

首の根元にこそばゆい感触があって、それは多分、観春の指だった。慌てて、自由な方の手でなぞられた辺りをまさぐる。凹凸があるわけでもない、が、心当たりにぞっとした。冬織が噛みついたのは、今、観春が触れた処じゃなかったか?



- 6 -
[*前] | [次#]

[目次|main]


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -