(4)




中村冬織は、俺の恋人だ。
けれど彼に逢える時間は時計の針が天上を向いた、夜の十二時から一時までの、たった一時間。それ以外は観春の生きる時だ。

観春は冬織の存在を知らないし、観春が活動している間、冬織の記憶は曖昧らしい。
毎日、決まり事か(あるいは何かの呪いのように)真夜中十二時になると彼の意識は表層に上がる。そして一時間が経過すると、強制的に幕が下りて次の夜を待たなければならない。


「ん、ん、っう……、とお、る、やだ…」
「やだ、って青梧。慣らさないと、お前が痛い」
「…っうー!――…ああっ!」

あまりの直截な言い様に批難をしても、冬織の手に全てがかき消されてしまう。


蒸気のけぶる浴室で、俺は裸の背中を壁に付け、ぱかりと両脚を開いていた。冬織は完全に服を着込んだままで、痩せた体の間に身を潜り込ませている。
冬織の大きな掌は子供が玩具を弄くる容赦のなさで俺の性器を扱き上げる。ぐちゃ、ぐちゃ、と粘着質の音が下半身から聞こえてくる度、憤死しそうな勢いだ。
音以上に最悪なのは視界だった。何せここは明るい。揺れる膝の頭やら、薄い腹の肉やら紅潮した自分の体躯が余すところ無く曝されている。その気になれば、冬織の手の動きを逐一追い掛けることも出来るけれど、死んでもそんなことはしたくない。

「うっ、あ、…はぁ、…んん…!」

おそらくは腫れたように赤くなっているであろう先端を、薄皮を引き下ろすように指の輪で擦られた。滲み出るカウパーを固い指の腹が性器全体に馴染ませると、それは容易く腹の方に向かって反り返る。冬織がくつくつと笑った。声を堪えて自らの手を噛んでいる、俺の頬をべろりと舐める。

「触ってないのに、乳首勃ってるぞ、青梧」
「ば…、ばか、いってないで…」

ペニスを上下に嬲る動きはそのまま、冬織はずい、と体を寄せてきた。だらしなく開きっぱなしだった口へ軽いキスが降る。落ち着かせるような、やさしいそれに却って気が急いた。

「ん…っ、とおる、それっ、いやだって言ってる…!」

キスを続けながら、硬い胸板が俺の体を擦り上げる。化繊に乳頭が擦られる度、そこがじんじんと、痒いような、痛いような、訳の分からない感覚に襲われる。しつこいくらいに自分の体で俺を追い立てながら、冬織の指はゆっくりと降りていく。膨らんだ陰嚢の下、先走りを受けて蟻の戸渡りからそこはしとどに湿っている。

「青梧、ボディーソープ取って」
「え?」
「ボディーソープ。ローションの代わりにするから」
「う、ん…」

菊座の盛り上がったところを確認するようにするりと撫でた後、冬織は「そこの醤油取って」と大差のない口調で命じてきた。自分で思いついて何だけれど、この例えは暫く考えないようにしよう、とも思う。食卓で思い出したら噴飯ものだ。
観春と俺とは洗髪料の類は各自で買い置きをしている。体を洗うのもそれぞれ別で、固形の石鹸を遣っているのが俺、だからボディーソープと言ったら、

「…冬織、」
「なに」
「み、はるのしか、無い、けど…。…くぅっ?!」

粘液を絞り尽くそうとする手つきが陰茎を締め付ける。先に俺だけ終わらせるつもりか、と必死に睨み上げた。そこには、何かを堪えているような、怒ったような、複雑な表情の冬織が居た。

「…あいつの匂いがつくな…」
「まあ、そりゃあ…」
「でもシャンプーだと染みるって、前に言ってたよな、お前」
「お、おお」

そうだ、確かに言った。だって、前遣った時、何だか化学反応が起きたみたいにびりびりしたんだ。

「だから、いいじゃねえの、――…これで」

これから固形の石鹸に湯を垂らして泡を立てて、だなんて、泥縄以上に間抜けすぎる。しかも浴室で、一人は裸、一人は服を着たままだ。
こいつが真剣に悩み出さない内にと、力の入らない腕を伸ばして、ポンプを掴んだ。プラスチックの頭を押し込んで中身を出す。透明な青のジェルが掌いっぱいに拡がった。



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