(3)



「……とお、る」
「しょうご、しょうご」

冬織は宥めるように何度も俺の名前を呼んでくれた。縋り付いて、太い首の根にキスをする。思わず歯を立てかけたところで、顎の先を凄い勢いで掴まれた。視界いっぱいに秀麗な顔が映る。全く同じそれが、さっきまで触れてはならない対象であったものが、確かな執着をもって、こちらへ近付いてくる。

「…っふ、ん…」
「ふ、…」

舌が下唇をぺろ、と舐めたと思ったら、噛みつくみたいな口づけをされた。鼻の頭をすり合わせ、口を開いて冬織を迎え入れると、分厚い舌が待ち焦がれていた、とばかりに俺の口腔へと侵入してくる。夢中になって舌を絡める。くちゅ、と濡れたものが押し付けられる音が耳孔を犯す。それだけで体熱が一気に引き上げられていく。

「酒…」
「うん?」
「さけ、の匂いがする」と、俺は呟いた。

観春は酒量が深い。そう言えば今日はやたらに饒舌だった。くだんの相手と呑んでいたのかもしれない。
少し顎を引いて喋り始めたことを、咎めでもするかのように冬織は俺の後頭部を押さえた。硬質な感のある薄い口唇が、見掛けと反対の勢いで再び食らいついてくる。従順にそれを迎え入れた。溢れた唾液が口の端から伝い落ちていく。冬織が追い掛けて舐め取る。
美味いもんでもないだろうに、嬉しそうな彼に肌ごと吸い上げられた。流石に恥ずかしい。

多分、耳まで赤い俺にぴたりと体を密着させて、冬織は言った。エプロンとジーンズ越しに太股へ擦りつけられたものの正体を悟って、脳神経が一瞬、真っ白くなる。今畜生。

「青梧。…どうする。今日は」
「―――……お前はどうしたいんだよ」

お互い、きっと、そんなこと分かりきっているのに。わざわざ聞いてくるのは冬織の優しさなのか、ただ焦らしているのか、判断が付かない。

「したい」

聞いた癖に冬織は即答した。しかもやわらかくもない尻の肉を揉むなどというおまけ付きで。先ほどまで俺の口の周りをべたべたにしていた口脣は素知らぬ風で微笑む。つられて、俺も笑ってしまった。泣き笑いだ。

「…ど、こで?」
「ふ、…あははは、青梧、可愛い。息が上がってる」

誰の所為だよ。

「そうだ、お前が決めろ」と彼は意地の悪い笑顔で言った。ああ、やっぱりからかわれている。
「…じゃあ風呂が、いい」
「後片付けが楽だしな」
「馬鹿冬織」
「俺も風呂は大歓迎だ」と冬織は笑う。「…明るいところで青梧を押し倒せるなんて、最高」
「――…お前の発言はいちいち最悪だ」


罵倒を全く気にした風もなく、むしろ嬉しそうな阿呆面で冬織は俺を抱え上げた。尻を揉みしだいていた手は膝裏へ回り、もう片方の掌は背中を支える。否やを唱える前に、体を後ろに引き倒されて、終わりだ。

「歩ける!」
「…もう、五十分しかない」

どんどんと遠くなっていく壁の時計を振り返って彼は言う。俺も投げかけられた視線を辿って、――――ぞっとした。思わず首に絡めた腕の力を強くしてしまう。心を読んだかのような声が、近い距離で囁く。
「だから、こっちの方が早い」と。





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