(2)




一緒に住み始めてからしばらくは平和なものだった。そのうち、観春の暴言は日課のように増えた。同じくして頻繁になったことがある。

薄利多売の異性交遊だ。

「今日の子、慣れてます〜、って顔してたから安心してたら初めてでさあ、もう面倒臭せえのなんのって。しかもその後で付き合って、とか言われてスゲーむかついたから、ラブホ置き去りにしてきた」
「……お前、」
「しかもさ、こっからが超うけるんだけど、そのホテル高速沿いでさあ、自力で帰るの相当キツイと思うんだよね!オレ、車で連れて行ったしねえ」
「最悪だぞ、観春」

ソファにだらしなく寝そべった相手を端的に批難すると、観春は「心外だ」という表情で柳眉を顰めた。腕を背もたれと腕置きそれぞれに預け、長々と脚を伸ばす様がいやらしい程に様になる。毛並みの良い豹みたいだな、なんて思う。

「だってヤったのは同意の上だよ?ってかこの場合、ウソつきってか、誤解される方が圧倒的に悪いじゃん。やっぱ店に来る子やめて、トーロクの子だけにするわ」

登録。…出会い系、って奴か。
逢ったこともない女を相手に性欲処理みたいなことをしていたのは知っていたが、はっきり本人の口から話題が出ると、今更ながら幻滅した。
しかし即座に、観春に対して、特に期待をしたり望んでいることがある訳でもないのに、勝手な話かもしれない、と思い直す。

観春は、観春だ。

出来るだけ常態の表情を取り戻そうと、顔の上半分を掌で擦った。
手の皮は水仕事をした所為か、ひんやりと冷たく湿っている。その感触はどこか後悔に似ていると思う。付けたままだったエプロンに思わずなすりつける。テーブルを挟んで反対側のソファへ腰を下ろす。

観春はそんな俺の動作を、暇に飽かせてじっと見ている。


卓上にあった電子ポットを取り上げて、マグカップの中へ白湯を注いだ。段々と伝わってくる熱が、生気を取り戻してくれる。抱えたカップで心身を温めてから、奴にしっかり目線を合わせて俺は言った。

「お前のことなんだから、何でも好きなようにすればいいじゃないか。…但し病気だけはかかるな、うつすな」
「大丈夫ですよー、だ」と観春はにやにやと笑った。「相手は知らねえけど、自分だけは伝染んねえようにめちゃくちゃ気遣ってっから」

最早、糾弾も説教も出来ん、と口を噤みながら、観春の笑みがいつもと比べて深いような気がしていた。何がおかしい、と問えば、彼は緩慢に体を起しながら答える。

「だって、ショーゴが気にするようなこと言うからさ。オレのこと」

どうだっていい癖にね、と弄うように続けられて、思わずかっとなる。


「…どうでもいいだなんて、思ったことは」

「―――――嘘吐くんじゃねえよ」


ない、と言い切ろうと開けた口が役目を果たせずに、音も無く閉じた。
容姿に相応しい、底冷えのする気配を纏ったままで、俺を見下ろす双眸には侮蔑の色が浮かんでいる。

観春はおもむろに立ち上がり、羽織っていたジャケットをソファの背もたれへ投げた。バックルのごついベルトが床に落ちて、鈍い音を立てる。薄手のセーターも放られ、時計とプラチナのペンダントも外し、それらすべてがソファの上に捨てられた。

「寝んの」

観春からの返事はない。彼が散らかした品物を何処へどう片付けるのかをシミュレートしながら、風呂はどうするのだろうか、と思った。

(「…そうか、女と寝た後に入ってきたのかもしれないな」)

風呂を使うのかどうかなんて、それこそ母親のようで、聞くのは気が咎めた。必然的に黙ったままで、広い背中を見送ることになる。時計を見る。50分。12時まであと、10分。


「ショーゴさあ」
「な、何だ」

突然に名前を呼ばれて、妙に甲高い声が出た。我ながらとんでもなく不自然だ。心臓がどきどきと脈動を早くしている。シャツの上から胸のあたりを押さえ込んだ。そうでもしないと、鼓動する塊が体に穴を空けてしまいそうだった。
目を眇め、抑揚のない声で観春は言う。

「…12時近くなると、時計すっごい気にするよね」
「そう、か?」

答えるタイミングは早過ぎただろうか。むしろ遅過ぎかもしれない。声を掛けられたことに単純に驚いただけ、という風に見てくれればいいのだが。

「――お前がそういうなら、そうなのかもしれないな」

俺の答えを最後まで聞かずに、観春は自室へと入っていった。ドアがしっかりと閉められる音。俺はソファにより深く身を沈め、両手で顔を覆う。

観春の言葉がぐるぐると頭の中を巡った。

お前なんて帰ってくるな。そう思ったことは幾度もある。俺の前に姿を現さないでくれ、ずっと、ずっとだ。でも同じだけ、帰ってきてくれ、とも思う。観春。観春が居なければ。



「―――青梧」


やさしい声がする。ゆるゆると顔を上げると、そこには先ほど部屋へ戻った筈の男が立っていた。
ロングのTシャツにスウェットの下は観春の寝間着だ。冬場は部屋の空調を厭というほど温めて眠る。地球に全く優しくない生活習慣である。今夜は大人しく寝るつもりだったのか。

そんな事を考えながら、俺は両腕を伸べた。早く掬い上げてくれ、と言うように。真夜中の12時。毎夜の恐怖を拭い去ってくれるのは、今、この時間だけだ。

「とおる」

冬織はにっこりと笑うと、俺をしっかりと抱きしめてくれた。
観春と同じ顔、同じ声で。



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