(6)
【林周】
ミーナのクリスマス情緒の欠片もねえケーキを取りあえず喰ったところで、さて次はどうすんべ、と周りを見回した。何と言っても笑えるのは見目だ。あのどでかいホールケーキ、ちゃんと喰いきるだろうか。あいつ、普段から食い物残すなとか、好き嫌いすんな、とか煩いから、仕方なしにチャレンジするだろうって思うけど。やーい、ざまーみろ。
台所から持ち出した包丁で紙切れみたいにうすーく切ったやつを緑茶で流し込んでいるのは中々の眺めだ。間違いない、サンタクロースの神は俺に味方をしているぜ。
「…斗与、ねえ、斗与。大丈夫?」
クロちゃんとミーナがうちのおかんのケーキをちびちび食べている様子を、鼻を鳴らしながら見たところで、不意に大家の声が耳に入ってきた。
それは大家の、とよとよへの挨拶みたいな台詞だから初めは気にも留めなかった。トーメイさんが抱え込んでる(今トーメイさんの脳味噌は百パーセントケーキ死守の為にフル稼働している感じがする)とよとよのケーキ、どうやってつまみ食いしてやろっかな、なんて考えたりしていたんだけど。
「…構わなくて、いい」
とよとよにしては低い声、トゲのある反応に、「あれ」って思った。ついで、環が俺の肩を掴んで揺さぶった。
「なんぞー」
「周、ちょっとあれ見」
そりゃあ良く似てっけど、結構色々と違うところあるんだぜ、な顔が好奇心剥き出しに目を輝かせている。黒々としたそれの見る先に視線を移せば、フォークを口に咥えて上下に揺らしながら、細っこい腕で大家を押しのけている後輩の姿が。…俺も相方と同じく目が点になった。
とよとよは時々大家に対して容赦ないけど、基本的にはかなりの部分を赦しちゃってる。俺たちにもそれくらいガード緩いといいんだけどな、っていうくらいには、甘い。
それが今は、触られるのもイヤだ!ってくらいの拒否っぷりだ。心配そうに差し出される手ですらぱちんとはじき返している。大家のやつが何をしでかしたかは知らないけれど、…つうか、大家も大概オロオロしてんだけど。まるで、でっかい犬が説教されて耳垂らしてるみたいだ。
「…何があったん」
「知らん。なんか気付いたらとよとよが大家避けとった」
小声で会話をしつつも、二人の様子からは目を離さない。展開によっては結構面白いことになるかもしんない。年末特大スペシャル・痴話喧嘩〜そして破局へ!とかね。
「そぎゃんなったらとよとよのこつ、慰めちゃるけんね」
「イエッサー!」
環のいい返事ににやついていたら、ぴぴぴ、と電子音が響いた。特進科二人は無反応、とよとよと大家の遣り取りに気付いていたものの、手出しをするつもりの無いらしいミメは、一瞬動きを止めただけ。トーメイさんはデニムのケツポケットに指を突っ込んで、結局はケーキ咀嚼作業に戻っている。
「こんなときに何なんだよ」
さっきのとよとよ以上に低い、地獄の底を這いずるような声で唸ったのは大家だった。腰の辺りからケータイを取り出して、サブウィンドウを見てはっきりを顔を顰めた。ぱかっと蓋を開ける。耳に押し当てて、「もしもし」と言いながら、とよとよの肩に手を置いて―――あ、振り払われてやんの。
「なに、父さん。…・うん、…うん…」
そんな幼馴染みを超心配そうに見下ろしながら、どうやら部屋で話す内容でも話題の長さでも無かったみたいで、やたらに長い手足を持て余すようにして奴は立ち上がった。硝子戸をスライドしている時までとよとよから目を離さない。スーパー粘着。因みにとよとよの方は、自分のケーキに勢いよくフォークをぶっ刺しては喰い、ぶっ刺しては喰い、を繰り返していた。らしくないっちゃらしくないかも。
「環―」
「オッケ」
片割れの名前を呼ぶと、環は心得たもんで、つう、と立ち上がってとよとよの隣に腰を下ろした。俺もそれとなく間を詰めてみる。彼は全然気付いた風もなく、オレンジ色の塊を頬いっぱいに詰め込んでいる。
「とよとよーうまいかー」
無言で、茶っこい頭がこくり、と頷いた。あれ、随分と餓鬼っぽい仕草だな。
「俺にも一口チョーダイ」と環。俺も喰いたい。しかもあーんで。
「やだ」
「へ?」
「ぜったい、や」
妙に舌っ足らずな返事。小さな肩が小刻みに震えた。くすくす、と軽やかな笑い声。見れば全開の笑顔を浮かべてこちらを見上げるとよとよの姿。
え、これなんぞ?
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