(5)



「毒は入ってねえよな…」

ユキのケーキをフォークの先で突いている環先輩を、先ほどとは別種の、さらに深い笑顔(しかも何も喋らないのだ)で幼馴染みは見るわ。

「うぉい、ミーナ!このコンビニ包装、ロマンスの欠片もねえんだけど!ってかイレブンの袋から出せよ!情緒ってもんがねえのかよこの都会っ子!」
「如何なる理由で俺が先輩にロマンスを提供しなければならないか、5秒以内に解答してください。5,4,3,2,1。はい終わり」

自分はうまうまと林家謹製の手作りケーキを味わいながら、シニカルな口調でみなは言うわで。

「…カオス…」

全くこの一言に尽きる。
たかだかケーキを食べるだけで、これだけ騒げるんだから、俺らもある意味大したものかもしれん。
しかも、このケーキ交換会がもたらした波乱は永世平和地帯な人々をもしっかり巻き込んでいたのである。

「…見目先輩、すみません」
「いや、…悪い。残すかもしれない。そうしたら他の連中が喰うからそんなに謝るな」

平謝りする黒澤と、そんな彼を、苦笑を浮かべつつ宥める見目先輩、という世にも珍しい構図は、大江家に入居してから半年と少し、ついぞ見たことが無い。

黒澤が持っていた小洒落た袋、小さいと言えば小さいが、1カットのケーキが入るにはかなりの大きさがあった。サイズ的にはホールケーキレベルだ。
で、実際、袋を開いてみたら中に入っていたのは直径18センチのファミリーサイズのケーキ丸ごと。しかもやたらと高そう。

「うわ、美味しそう」

と、早くも東明先輩のケーキを平らげたユキが言う。
そいつはつやつやとしたチョコレートコーティングがされて、天辺から雪を模した粉砂糖が振りかけられた、くるみやオレンジ、苺、ブルーベリーが芸術的に配置してある、見るからに重量級のケーキだった。俺なんかは、こう、見ただけで胃袋にどーんと来るような気分だ。
見目先輩も同じだったらしく、いつもは爽やかしく浮かべられている微笑みも、若干引きつっている案配だ。

「…家で出てくるのは大体こういう代物だったので…」
「ザッハトルテか」と、みなが言う。「いいじゃないですか、見目先輩。残ったら明日の朝飯に喰えば」
「…朝から、こんな甘そうなものを、いや、悪い黒澤。そういうつもりじゃないんだ」

食べるのか、と。それでもびっくりしたらしい見目先輩が、うめくように付け足している。眼鏡の友人は事も無げに頷いた。

「俺は三日間カレーとか、四日間スパゲッティーとかざらでしたよ。朝飯にケーキが出ることくらい何でもないでしょ」
「そ、う、だな。そうだな。一食だったら、やってやれないこともないだろうな」

うーん、論点少しずれてる。それでも、はっきりと後悔を顔に表している黒澤をどうにかしてやりたくて、俺は隣のユキの肩をばしばしと叩いた。

「見目先輩も、黒澤も。大丈夫、こいつケーキ丸ごと2つは喰えるから!」
「斗与が言うなら3つはいけるよ!」とユキ。ちょっと自慢げ。
「…う、」
「……」

唖然とする特進科の友人と、何かを想像したらしく口元を手で押さえた見目先輩はややあってから、お互い、力なく首を縦に振った。うん、ユキの大食いが役に立つ日が来るとは思わなかった。芸は身を助けると言うが、同居人を助けることはそれ以上に素晴らしいことだ。えらいぞユキ。

「えへへへ」

勢いで頭を撫でくりまわしていたら、リンカン先輩がひょいひょいと人を分けてやってきた。コンビニケーキを云々するのは諦めたらしい。

「そんで、とよとよは誰の?俺の?」
「いえ、…環先輩のは、俺みたいです」

黒澤がひらり、と手にした紙きれを示す。そこには確かに『環参上』を書いてあった。先輩は「味わって食えよ−」と言った後、俺の手元を覗き込んだ。

「へーえ、そっか、とよとよはミメのだ」
「はい」

正方形に折りたたまれた紙の中には『ミメ』―――そう、見目先輩の名前があった。気を取り直したらしい見目先輩は、頷くと小箱をひょい、と出してきた。受け取って、開く。
中にあったのは、オレンジ色の土台に飴色のソースが掛かった丸っこいケーキだった。ぱっくりと開いた切れ目に生クリームが少し、苺と桃がその上に乗っかっている。なんかすごくいい匂いがする。
先輩が言う、

「俺もあまり甘くないのがいいだろう、と思ってな。…店員も困っていたけど、一番甘くないのはそれなんじゃないか、って話だったから選んだんだ。…なんといったかな、どうもああいうのは覚えにくくて」
「あ、分かります。横文字多いし、長ったらしい名前だったりしますよね」

昼間に見た、呪文みたいな名前のケーキを思い浮かべながら答えると、彼は微苦笑を浮かべた。

「行く機会もそうは無いし。食えるといいんだが」
「大丈夫です。…いただきます」

甘い物は特別好きだ、って訳じゃないけれど、誕生日やクリスマスに出てくるケーキは懐かしい思い出のとっかかりだ。林先輩の引き起こすイベントはいつも波乱含みだけれど、今回ばかりは楽しく過ごさせて貰った。見目先輩と黒澤には少し悪いけどな。

後で兄貴に電話をしてみよう、なんて思いながら、俺は甘く――濃厚ささえ感じさせる香りへとフォークを差し入れた。



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