林と斎藤と冬



【斗与】

日本人の生み出した文化の極み、こと、炬燵がお目見えしたのは今月の頭だ。下宿生が使えるよう、居間のテレビの前にどっかりと鎮座している。
東明さんと俺とはそこへ脚を突っ込み、黒澤とみなは食堂の椅子を引き出して腰掛けていた。見目先輩は柱に背を預け、足元に防具袋と竹刀の袋を据えている。林の双子は硝子戸のところに寄りかかって、ユキが立っているのは常時開け放たれた部屋と部屋の間だ。彼の手にはメモ帳があった。

下宿生全員が集合している。

「斗与と皆川君と、東明さんはずっと残留で、見目先輩は二日、三日あたりだけ帰省する。黒澤君は大晦日、元旦の帰省予定で、林さんたちは――――」
「俺らは行ったり来たりしまーっす」
「だってそんだけ居るなら、こっちもおもろそうだかんな」

二人は楽しそうに唱和した。俺の目の前で東明先輩が小さく舌打ちをした、気がする。

そう、今年はほぼ全員が大江家に残って年越しと相成ったのである。
しかも大家たるばあちゃんが親戚の家に行ってしまった所為で、下宿生のみで二週間強を過ごす。林先輩じゃないが―――確かに子供だけで、合宿みたいにして休みを送るのはちょっとしたイベントのようで面白そうではある。尤も俺には気掛かりがあって、そう手放しでは喜べなかったのだけれども。

「何だかキャンプみたいだな」と東明先輩は諦めたように苦笑した。「飯の当番とか決めるか?」
「面倒臭いから各自適当でいいんじゃないですか」

小さなノートパソコンのキーを叩き、眼鏡にしろいひかりを映し込みながら、答えたのはみなだった。彼はこういう点においては個人主義者というか、あれこれ決められるのを好まない傾向がある。
確かに、全員生活スタイルはばらばらだし、真面目に当番をしてくれそうな東明先輩こそが一番忙しい時期なんじゃなかろうか。
そもそも皆、飯とか作れんの。俺がやったら毎日納豆飯かオムライスかの二択だ。

「じゃあ風呂と共用部分の掃除だけは当番制にして、後はフリーで。掃除はばあちゃんに出された絶対条件ですから、必ずやってくださいね。…以上です」

ほーい、とばらついた返事があって、流れ解散の雰囲気になった。
目を逸らしている懸案事項をまともに考えれば憂鬱で、自然、溜息が出てしまう。炬燵の中で長座をしたままひっそりと吐息を逃がしていると、見咎めたらしいユキが顔を覗き込んできた。跳ねた金髪が頬を擽るくらいの距離で揺れている。

「平気?斗与。具合悪い?」
「ああ?…うん。なんでもない」

会話が耳に入ったのか、食堂から出ようとしていた黒澤までもが振り返っている。
あまり実家に帰りたがらない彼も、大晦日と元旦ばかりは逃げられないかもしれない、と言っていた。あまりにも蒸発期間が長いと逆にこちらへ乗り込んで来られかねない、とも。多分、ほんとうは、みなやユキと一緒に大江家に残りたかったのだと思う。

「あ、そうだそうだ。ねーミメ、今日の夜暇ぁ?」
「俺か?…特に予定はない。これから練習に行って、…多分帰りは六時くらいか」

一人、かちりと学ランを着込んでいるのは見目先輩だ。剣道部の練習があるとかで、朝早い日は姿を見ることもない程の時間から部屋を空けている。辺りが真っ暗になった頃に戻ってくることもままだ。
見目先輩に声を掛けているリンシュー先輩の手前、こちらは緑基調のブレザーに身を包んだリンカン先輩が俺たちをぐるりと見回した。二人も午後から部活らしい。

「今、彼女居るひと!」
「……」
「……」
「……な、なんの話だ?」

肩をびくりと揺らめかせた東明先輩は酷く焦った様子で俺たちを見回し、…何故か俺と目があった瞬間に旋回を止めた。そりゃ、俺が一番いなさそうに見えるだろうけど、その硬直振りは無いでしょうが。
因みに先の沈黙二人分は特進科コンビである。うーん、意外と言えば意外だし、環境故な感じもする。というか、質問の趣旨が分からないから黙っているだけなんじゃないか、これ。

「ミーナは居ないの?女」
「…前の学校の友人なら居ますけど。そういう付き合いじゃないですね」

みなは淡々と返事をし、PCの蓋を閉じた。炬燵の上にねじれた針みたいな先端のドライバーを転がして、弄くる場所の見当を考えているみたいだ。黒澤も興味を失ったように硝子戸をからからと開いた。そんな彼に、リンカン先輩はストップを掛けた。怪訝そうな黒澤。

「…大家はとよとよ一筋だもんね」
「当たり前でしょう」

ヒトシ人形を賭けて戦う不思議発見番組じゃねえんだ、下手な答えで没収されるわけでもあるまいに、ユキは俺の肩を長い腕でぎゅう、と抱きしめてくる。苦しい、…それに重い。

「じゃあ俺らも含めて全員お暇ってことで!」とリンカン先輩。
「うわ寒ッ!でもしょうがねえし!」と、リンシュー先輩。
「つうことでぇ、」

「「クリスマス大会をしまーっす」」


―――……はい?




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