(11)



…………。
ええと!?

別の意味で胃にどーんと来る声が背後から聞こえてくる。えーと、幻聴でしょうか。

「残念だが現実だな。…五分過ぎた。それからお前ら、何をしている」
「えーと、…し、親睦を深めようかな、なんて」

おっしゃ、環良いこと言った!座布団五枚!
俺は振り返る前に、これだけは、と脱がせ掛けていたスウェットを引き上げた。シャツはちょっと難しいかもしらん。
仕方なしに首をそろそろねじ曲げると、そこには黒いスラックスにセーター姿で、腕組みをした見目が仁王立ちをしていた。…なんか修学旅行で見た仏像の背景みたいなもんが、後ろにボーボー燃えている気がするんですけど。

「その親睦を下宿生で深めるために、クリスマスで飯を食ってるんじゃなかったのか?うん?」
「まあ、それを言われますと返す言葉も…」

つうか何で此処が分かったんだ、こいつ。広いと言っても虱潰しにすればそりゃ見つかる場所ではあるけどさ。

「大江が外に居る状態で、お前らが斎藤を一階から連れて行くとは思えなかったからな。…まさかこんな所で襲っているとは思わなかったが」
「いや、襲ってるんじゃなくて、同意だし!」
「とよとよ、いいよ、って言ってくれたもん!」
「じゃあ何故、そいつは泣いてるんだ」
「よ…よすぎて、とか?」
「……」

必死に反論する環を無視して、見目はずい、と足を踏み込んだ。俺と環の間に無理矢理立って、とよとよの背中と、膝裏へ両腕を差し込む。ビックリしたのか、とよとよははっきり抵抗した。大家にしたみたいに、両腕を突っ張り、見目を胸から押し返そうとする。

「…――斎藤」

ミメの低い声が耳朶を打った。奴の容赦のなさは外面だけじゃなくて、行動にまんま、出ていた。暴れるとよとよを簡単に押さえ込み、軽々とお姫様抱っこなんてしちゃっている。脱ぎ捨ててあったTシャツを拾い上げて、俺らが痕を付け損なった白い半身へ落とす。
とよとよは暫くミメの肩とか、腕とかを弱い力で叩いていたけれど、その内燃料が無くなったみたいに、ぷつり、と動作が途切れてしまった。
先ほどまで明らかだった瞳が、今は目蓋ですっかり隠されていた。ミメの言うとおり、まなじりから零れたらしい涙が頬に貼り付いている。

(「え、何?気絶?ね、寝ただけ?つか、大丈夫かよ?」)

栗色の髪の毛が重力に従って垂れ、喉元がぼやけた照明の下に曝された。それを見目が揺すり上げるようにして、自らの上腕へと乗せる。
…何だか手慣れてて、むかつくな、こいつ。
意識を失ってしまったらしいとよとよが心配で、立ち上がろうとしたところを再びのブリザード視線で制された。環も同じく、膝建ちのまま、口を真一文字にして見目を睨み返している。

奴はしばらく、じっととよとよの顔を見つめた後で、溜息混じりに言った。

「…酔った人間を襲うだなんて、武士としても男としても最低だ。お前ら、そこで30分くらい正座して反省してろ」
「俺、武士じゃねえし!」

早押しみたいに環が言い返す。よぉし、頑張れ環!負けるな、やっちゃえ!

「環。……原子番号118に推定される超重元素は」
「ウ…ウンウンオクチウム…」
「その前。117番」
「ウンウンセプチウム…」
「そのまま逆唱してろ」
「ウンウンヘキシウム、ウンウンペンチウム」
「ちょ、ミメ!待てっての!」



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