(9)



とよとよは少し躊躇う素振りを見せた。
酒量の所為か、居間に比べて格段に冷える水場の所為なのか、環と、俺を見上げる目には理性のひかりが垣間見えるような、気がする。

厭がってるのを無理矢理ってのは性に合わないから、ちゃんと同意が欲しいのは当たり前。好きなこなら尚更。
だから俺は、とよとよの目元にちゅ、とキスをした。

「とよとよ、ねえ、好きって言って?」
「好き…?」
「好き、って言ったら、きもちくなれるから」

好きな同士でヤったらすっごいイイんだ、っておっさんも言ってたし。何がとよとよに引っかからせるのかはわかんないけど、ゼッタイ俺たちとヤったら、とよとよだって気持ちいいに決まってる。
手の甲でこめかみから頬のあたりを何度も撫でてやりながら、俺は繰り返した。

「俺たちは、とよとよが好きだよ。大好き。とよとよのこと、きもちくしてあげたいし、とよとよで気持ちよくなりたいから」
「だから、ちょっとしたお試し。ね?それでイケそうだったらいいじゃん」

環が俺の言葉尻を引き継いで言う。
相方の片手が妙な動きをしているので視線を落としたら、奴はさり気なくシャツの下へと手を差し込んで脇腹の線をなぞっていた。布とはまた別の白さがある腹がちらちらと見える。華奢な体躯が、ひくん、と震えた。

やばい。心臓が凄い勢いで血液を送ってる感じ。
隣の環の胸板も、服の上からでも分かるくらい、目に見えて上下している。にやにや笑ってるけど、俺と同じに、こいつだって余裕がないんだ。


「ふ、…そんな、」


ぽつり。熱に掠れた声が呟いた。


「…無理に決まってる」


俺は呆気に取られて、思わず動きを止めた。
それはとよとよらしくない、酷く投げ遣りな口調だった。
感情の乏しい乾いた声音に反して、いつも凛とした――ちょっと気を張りすぎている印象もある彼の表情は、心細そうな、頼りないものだった。

ばくばく騒いでいた心臓が、途端に給油ポンプをぎゅっと縛られたみたいに、痛む。下っ腹が熱い。どん、と燃える重しを持たされたみたいだ。つうか勃ってるし。
痛い、苦しい、可愛い、触りたい。舐め回して、

抱きたい。


「無理かどうか、だから、―――試してみたらいいんだ」


我ながら妙に抑揚のねえ声だな、と思った。考えることよりも早く、手が動いて薄いシャツを捲る。
環は待ってました、とばかりに下履きをずらした。浮き上がった腰骨がこれまたチラリズム。唾の溜まる早さがはんぱない。

それを必死に飲み下しながら、細い腕を纏め上げて上衣をすぽん、と抜く。柔らかい色の髪が肌理の細かい肌の上でさらさら散る。
ゆっくり解放してやると、両腕は再び力なく落ちた。
俺と、環の付けた痕が誘うように目を射る。艶やかな、赤。とよとよの口唇と同じいろ。
「鼻血出そう」と環がごちる。猫目が欲と幸せを湛えてぐんにゃりと歪んでる。
多分、今、そっくりおんなじ顔だな、俺と環。

胸板の線を辿るようになぞって、つん、と突き上がったピンクの乳首に爪を立てる。

「…く、ぅ」

鼻に掛かった啼き声が耳元で上がった。サンタズボンの前立てが正直きつい。
やっぱりちょっとここじゃ寒いかも。反応しているようにも見えるし、寒さの所為だけの気もするし。
あ、でも、結局は気持ちよくしてワケわかんなくしちゃえば一緒か。

あー、俺も脱いでじかに肌をくっつけたいなあ、なんて思っていたら。

「…とよとよ?」

とよとよ、何か言ってる。
冷蔵庫の扉に後頭部を押し付けて、天から落ちてくる何かを待っているみたいに、顎を上げて。微かに動く口唇へ、俺と環は左右から耳を寄せた。

「いいよ…、……試せ、ば、」
「…っ!」


理性をぶら下げている紐がもし存在するなら、絶対今切れた。
――――あー、もう、駄目だ。






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