大江と斎藤と冬(12/25・まったり)



今年の冬の大江家は、いつにない賑やかさだとユキは笑った。
下宿生のほとんどが年末年始も大江家に留まると決まり、その監督の為ユキも親戚の家に遊びに行くのを止めたのだと言う。お前はやっぱりばあちゃんの家業を一代飛びで継ぐべきなんじゃないか。その使命感には尊敬の念すらおぼえるぞ。

当然ながらばあちゃんも渋い顔だったらしいが、一番の心配の種である林双子は帰省と相成ったので、前代未聞の人数の方は目を瞑ったようだ。尤も、林先輩たちの『帰省』とやらを言葉通りに捉えてはいかんのである。そこに面白おかしいネタがあれば、自転車一時間半の行程を踏破することくらい、あの人たちには訳ないからな。

「ユキちゃん、戸締まりだけはきちんきちんせにゃならんぞ」
「うん、わかった」
「火もぞ。ほっで、おかあさんにも電話ばしときなっせ。泉ん番号は知っとっとか」
「知ってる。携帯もあるし。…そげん心配せんちゃよかよ、ばあちゃん」

風呂敷を片手に、心配顔で振り返り振り返り色々と言う大江のばあちゃんを、ユキは苦笑いをしながら、半ば押し出すようにして見送った。
俺も一緒についていったのだけれど、友人には何処か急かすような風があった。ばあちゃんの気が変わってしまうんじゃないかと、恐れているようにも見えた。

タクシーが走り去った後、車の尻が完全に角を曲がるまで、二人して冬の白い道を眺めていた。学校が終わってしまったから、家の周辺はさらに静けさが増している。道路に突っ立っていても、近所の人が時折出てくる他は車ですらまばらだ。
東京に比べれば暖かいこの街だって、12月に入れば結構な寒さである。けぶる息を量産していたら、でかい手に自分のそれがぐっと掴まれて、纏めてユキのダッフルコートのポケットへと突っ込まれた。…いきなりで少しびびったが、もこもこの起毛の感触に思わずうっとりしてしまう。加えて、ユキのやつは割とお子様体温なのだ。ポケットの中で繋がれた手に、段々と血が通い始める感じがする。

「…じゃあ、ちゃんと留守番しないとね」とユキは言った。それから、


「ありがとう、斗与」


と。
薄く微笑みながら呟くように、礼を口にしたのだ。

「…なにが」
「残ってくれて」
「……べつに、」

お前の所為じゃねえぞ、と言いかけて、そう切り返すことに、罪悪感とか勿体無さとか、分別しづらい雑多な感情に邪魔をされて、俯く。

否定は簡単だけれど、わざわざ言うことじゃないように思ったのだ。誰かと年越しが出来るのは倖せなことだし、まして相手は気心の知れたユキだ。―――…しかもこいつ、無駄に嬉しそうだし。あれこれ駄々漏れなんだよ、お前は!

「…っ!?」

唐突に、伏せた面を掬い上げるみたく、額へ軽い衝撃があった。
幼馴染みがその長い身体を折り曲げて、俺らの額をくっつけていた。視界いっぱいの、ユキの滲むような笑みに二の句が継げなくなる。
ひゅっと息を吸ったなり、今度は吐き出し方を忘れたかのように俺は詰まってしまった。溜息だけは安売りできるくらい、沢山手に入れたと思っていたのに。

「……んっ、」

とどめは、鼻の頭だった。朝の空気にすっかり冷やされていた鼻の先に、甘えた仕草で、ユキがかぷりと噛みついた。額と同じように、鼻先も軽く擦り合わされる。一通りの彼の行動は、まるで俺の失われた体温を呼び戻そうとしているかのようだった。


目を閉じたのはなんとなく、だ。他意はない。強いて言うなら「そんな気分だった」だけ。

ためらいを示すような少しの間の後で、生温かくてやらかい、でも少しかさついたものが俺の口脣にぎゅう、と押し当てられた。
離れる勢いだけは素晴らしくいい。こちらが目蓋を開いたのが、遅すぎるくらいだった。
取り巻いていた息がきれいに霧散している。そして俺も、遣り方を思い出したように堰き止めていた息を吐き出す。

「寒い」
「うん」
「…お前その顔赤いの、なんとかしろ」
「…う、ん」
「あとクリームみたいなやつ、塗れ。痛い」
「ごめん…」

分かり易くしょぼくれた彼の、肩を掌でどついた。望む動きをなんなくこなせるくらいに、凍えていた手もぬくまっている。

ユキがする、ちょっとした動作で俺が楽になるみたいに。俺が目を瞑っている僅かの時間で、ユキの望むことが果たせるのなら。


ここで過ごす休みも、悪くないか、なんて思う。

「―――帰ろ」
「…うん!」


―――さあ、俺たちのうちに、帰ろう。




>>>and to go…



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