(2)
どうやって黒澤を丸め込むかまで検討(やはり必殺目薬か、とか)していたら、思いがけない台詞が降ってきた。呆気に取られて見上げると、何処か羨ましそうな顔をした大江と出遭った。
「残留、って選択肢、あるのか?…東明先輩みたいな理由がなくても」
一縷の希望を見いだしたような気分で問えば、彼は鋭い印象が目立つ顔をさらに険しくする。―――入ってきた時からよもや、とは思っていたが、どうもご機嫌斜めらしい。
「見目先輩は元旦に初稽古があるし、…年末も最後まで練習があるから毎年残ってるんだ」
「ほうほう」
「黒澤君は知らない。これから聞きに行く。林さんたちは捜してるけど居ない。去年、空き部屋に隠れてた前科があるから後で狩りだしに行くつもり」
「はあ。……あ、おい、斗与はどうすんだ。斗与は」
その瞬間、短い眉尻がぴき、と跳ね上がった。
「……斗与は、残るって」
「へ?」
大江の機嫌の悪さと、答えが結びつかずに首を捻った。お前にとっては喜ばしい結果じゃねえか、愛しの斗与が冬休みの間、ずっと居るんだから。触り放題なつき放題だろうよ。(当人が赦してくれるかどうかは別としてだ)
「…ってか、帰らなくていいのかよ、斗与は」
「斗与のうちは、お父さんが宮城で、お兄さんが東京でそれぞれ住んでるけど、お兄さんが正月もバイトで忙しいから年明け一週間ずらして帰るんだって。学校休んで」
「なるほどなあ」
そういえば夏の半分はお互い、黒澤ん家の別荘で潰したり、こっちで過ごしたりしたからな。斗与ん家も俺と似たり寄ったりの離散ぶりだ。
それにしても何でこいつはぷりぷり怒ってやがるんだ?
「…僕は親戚の家に一緒に来なさいって言われてて、しかも明日っからとか、さっきいきなり電話が入って…。年明けまでずっとだよ?何なのそれ。面倒臭い、盆も逢ったのにどうして正月まで。ちっちゃい子の面倒押し付けて大人はテレビと麻雀と箱根駅伝だよ?」
斗与が折角居るのにさ、と大江は寸暇を惜しむように悪態を吐いていた。
俺からすれば自分には到底望めない環境だから、それはそれで面白そうに聞こえるけれどな。
ま、いつでも自分のリズムで生活してきちまったから、今更大家族で過ごしましょう、とか言われてもきっと無理だ。眠い時が寝る時だし、餓鬼の面倒なぞみたこと無いし、ネット環境が未整備っぽい所は御免被りたい所存である。
可哀想な大江はさておき、俺はどうするかな、と。
うまい言い訳を練り始めたところで、ふと、脳裏でフィラメントがぱっと輝いた。
勝ち戦の為なら味方は一人でも多い方がいい。まして、そいつが敵さんの事情をよく知る人間なら、尚のことだ。
「おい、大江さ、年末年始、ここに残りたいか?」
「決まってるじゃん。僕が居られないのなら、斗与が居てもちっとも嬉しくないよ」
こいつ今、さりげに微妙な事言いやがったな…。
眼鏡をきちんと掛け直して、ベッドの縁から床へと脚を投げ出した。
「俺に考えがあんだけど」
むくれた同学年ににやっと笑いかけてやる。切れ長の目が疑問を湛えてまあるく瞠られた。
折角しかけるなら面白おかしくしないと駄目だ。それで何よりも、成果が無ければ。
口やかましくそう付け加えていたのは、前の学校で出逢った、ちょっと頭のいかれた親友だ。
戦うなら絶対に勝て、負ける戦をするのは尽力が足りないからだ走りなさい惰弱者!と懐かしい罵声が耳に響く。
(「―――かしこまりましたよ、学級委員長閣下。」)
ようし、ならば実家嫌いの黒澤大先生にも盛大に巻き込まれて貰うとするか。あいつのことだ、斗与が居るなら無意識下でもなんだかんだとやり繰りして、こちらに居着くだろう。
済みません、おばさん。あなたにとっては俺は間違いなく赤の他人な訳だけれど、此処は俺にとって、もうひとつの家なんです。
「―――冬休みの間、ここに居させてくれたら。大江も残れるように手伝ってやるよ」
いつになく多い(らしい)残留者の監督に、大家の孫がかり出されることが決まったのは、その日のうちの話だ。
>>>go to 12/25
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