What would U do?
大江が俺の部屋を訪れたのは、世間様がクリスマス・イブに浮かれている夜半のころだった。
ほどよく暖まった部屋で、ベッドに寝そべってアスキーを読み耽っていたらば、控えめなノックの音がして、こちらの反応を待たずにすらりと扉が開いた。そこには金髪を鴨居にぶつけちまいそうな長身が突っ立っていた。
「おう、どうしたよ」
「ごめんね、いきなり」
らしくなく焦った様子の彼は、だらだらと身体を起こす俺の元へと寄ってくる。大きな手には古いカレンダーを束ねたメモ帳らしきものと、ボールペンがあった。
「みんなの帰省予定、ちゃんと聞いておこうかと思って。毎年28日までに実家へ帰ることになってるんだけれど。今年は何だかのんびりムードだし、東明さんみたいな事情の人もいるから」
「あー…。…え、東明先輩、帰んねえの?」
如何にも妹思いで、家族団欒のイベントは欠かさない、みたいなイメージがあったので、話題に上ってびっくりしてしまった。大江はこめかみのあたりをボールペンの尻で掻きながら、うーん、と子供っぽい声で唸った。相変わらずのギャップである。
「塾が元旦もあるから、実家からじゃ通えないんだ、東明さん。先々月からばあちゃんに頼んでたから、今年は残留みたい。元々冬休み期間はご飯出さないし、こっちにとっては風呂の面倒くらいだもの。うちは年末から本家に行くと思うしね」
「本家?」
「泉、ってとこに大江の本家があって、親戚一同で集まるの」
「お前も行くの」
「うー…、ん…」
歯切れの悪い返事をしながら、気付いたように友人はあっ、と呟いた。
「僕のことはいいから、皆川君、どうする?」
「………」
眼鏡を雑誌の上に置いて、鼻柱を指でほぐしながら考えた。
高い位置からじっと此方を見下ろす視線を感じる。話の矛先を逸らしてやろうと思ったが、やはり駄目か。当然だよな。それに俺の所に初めに来たっぽいし、こいつ。返事を聞いたらすぐに別の部屋へ移動するつもりなんだろう。
えー、敢えて説明するようなことでもないのだが、我が家は離婚家庭で父一人、子一人だ。しかもその親父殿は海外出張の多い仕事をしていて、今年の冬も中南米の海に浮かぶ種子島サイズの、アンティグアなんたら、という国で哀しく年越しだ。日本人の滞在者は10人切ってるらしいから、貴重な1人としてカウントされてくれ。
親父はそれで結構だが、問題は俺である。
そもそも、父の急な長期海外出張の御陰で、俺はホテル住まいからこの大江家に転がり込んだのだ。
身元の保証には別居中のお袋に協力して貰って、彼女の名前が載っているのだが、実際に逢う回数はそれほどでもない。
避けている訳じゃない。ただ、離れて過ごす時間が増えるとどうしたってぎくしゃくしてしまう。
今年、日夏ではじめて迎えた夏期休暇中は一週間ほど母の元へ身を寄せた。
緊張、躊躇い、愛情や、母としての想いが、全方位から俺を圧迫して息が詰まるようだった。
多分、お袋は、何も悪くない。その方向において、俺にあまり余裕が無いだけのことだ。
親父の両親はとうに亡くなっているし、母方の祖父母ん所に行けば当たり前にお袋だって帰ってくる。現在の自分にとって、実質『家』という認識がある場所は大江家の下宿だ。でもどうやったって、人んちなんだよな。
さて、どうしたものか。
最悪、前の学校の友人宅に押し掛けるか、…―――あ、黒澤の家ってでかそうだよな。別荘まであのサイズだったから、頼み込みまくったら案外いけるんじゃないか?
「もしかして、皆川君も残留?」
「へ?」
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