(7)




――――で、現在に至る、だ。
はしご、という由来不明の店名を冠した定食屋は商店街の入り口にある。古い店で、丼物と定食を食わせてくれる店だ。テーブル席が3組、後はカウンターというこぢんまりとした風情だが、ノスタルジックな雰囲気と確かな味が好きで、俺も飯無しの日はちょくちょく通っている。量は多く、安い。独身サラリーマンや学生にとっては、有難い胃袋の友だ。

「いただきます」
「…いただきます」

箸を取り上げてからは、2人でひたすら飯をかき込んだ。麦味噌の味噌汁を啜り、コロッケを割り、米を咀嚼する。ちらりと目を遣った相手も、でかい飯茶碗を賢明に傾けて頬を膨らませているところだった。身体の割には結構食べるんだな、こいつ。おまけに、しっかり噛まないというか、冬眠前の栗鼠みたいに頬袋に物を詰め込んでいる。一回口に入れたら三十回、の法則を知らないのだろうか。…可愛いから、いいけど。

「ふぇんぱい」
「…っ、な、なんだ?」

いかん。視線を感じたのか、物が詰まって怪しくなった発音のまま、斎藤が喋り掛けてくる。じろじろ見ていたのがばれたかと、血の気が引きかけたが、彼の方は別段、気にした風もない。
小さな顎を動かしながら、彼は言った。

「先輩は、高校入ってからどれくらい、背、伸びました?」
「あ、俺?…そうだなあ、」

確か春の健康診断では、175センチだった。これは2年生の時とほぼ変わらない記録だ。成長痛らしきものも同じ頃、止まっていた覚えがある。

「…7センチくらい、かなあ。俺、中坊で165オーバーだったから。高2で大体止まった感じがする。もう伸びねえかもな」

運動らしい運動もしてないし。
事実をありのままに述べることがこれほど楽だったとは、との思いを噛みしめていると、斎藤は別の物を噛みしめているようだった。苦虫的なサムシングの模様である。

「……やっぱ、牛乳に相談か…」
「?」
「…俺、いっしゅうかんにいっかいは、計測してるんですよ。背」
「…それ、測り過ぎじゃないか」
「だって成長期の時はそれくらいのスパンで伸びるっていうし!俺まだ160しかないから、幾らだって伸びしろある筈だし!」

たれの絡んだ肉を勢いよく噛み千切りながら、後輩は吠える。そんなことか、と言いかけて、すんでの所で口を噤んだ。如何に恋愛諸事に疎かろうが、流石の俺でもNGワードが何かくらいは分かる。彼にしてみればコンプレックスの源泉みたいなものなのだろう。

「…俺は、斎藤は今のままでも充分いいと思うけど…」
「……」
「って、別に二心はないからな!これは正直な俺の思いだからな!」
「…先輩まで、ユキみたいなことをゆう…」

がっくりと肩を落とした斎藤は、それでも食べることだけは止めなかった。
出逢って半年以上になるが、彼の身長が劇的に伸びた風は皆無である。林の馬鹿どもは成長までシンクロしているのか、2人揃って俺に追いつきそうな背丈になりつつあるし、見目に至っては元から景気よく抜かれている。斎藤も俺よかでかくなっちまうのかなあ。厭だなあ。

「…折角、いい身長差なのに…」
「なにがですか」

知らず、本音が漏れていたらしい。会話としてはごく当たり前、突っ込みとしては光速の反応があって、俺は末端神経の隅々までも凍り付かせてしまった。ぎこちなく顔を上げる。不思議そうな斎藤の顔がある。…良かった、聞こえてない。

「…ん?」

やわらかそうな頬に、ぽつん、と白い粒が乗っている。もきゅもきゅと繰り返される噛み合わせの動きにも落ちることなく、くっついているそれに目がいった。

(「…ああ、…”おべんと”、だ」)

あんな勢いで喰ってたら、そりゃ米粒だって飛ぶだろう。箸を卓の上に置いて、手を伸ばす。
斎藤の目はひどくまんまるで、あめ玉みたいに奇麗だった。蛍光灯に照り映えて、縁日においてあるべっこう飴みたいな色味だ。ますます小動物っぽい。
ほどなく、指先にふにゃ、とした感触が当たる。斎藤の頬だろうと思う。引いた指の先には案の定、米粒が乗っかっている。俺はそれを自分の口に、


口に――――……


「…すっとこどっこいッ!!!!!!!!」
「……へ、え?え?!」


何をしようとしてるんだ、俺の馬鹿!
斎藤だって吃驚しているじゃないか!!ついでに厨房のおじさんおばさんも何事かとこちらを見ている!他の客のことはこの際知らん、そんな余裕はねえ!
はあはあと、肩で息を吐きながら爪の上に乗っていた米粒を確認―――、あ、消えてる?どこだ?どこにいった?あれを速やかに探し出して丁重に漬け物の入っていた小皿にでも落ち着けてやらなくては、俺が落ち着かない!




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