(6)



東明工太郎、独身、17歳、日夏学園高等学校普通科3年生、前報道部部長、魚座のA型。好きな物は焙じ茶、嫌いなものは林と名の付くお馬鹿な双子。現在展開されているこの状況を幸か不幸か、判じかねている最中である。

「あ、先輩のも来たみたいですよ」

ゆったりとした太いボーダーのセーターに、身体の線に沿うようなつくりのジーンズを穿き、コンバースのスニーカーを履いた斎藤は、俺の真向かいに腰掛けている。隣の席にはフェイクファーがついたモッズコートが、俺の着てきたPコートと重ねて積んである。

小柄な後輩の目の前にあるのは、豚ショウガ焼き定食(斎藤は『ブタショー定』と頼んでいた)である。美味そうな肉と、炒められた生姜の匂いをほこほこ上げているそれは手が付けられないままだ。先に喰ってくれ、という言葉は微笑みと共に流されて、俺の茄子味噌定食&コロッケが来るまでたわいのないお喋りを続けながら待っていてくれた。
そんな彼の台詞を半ば聞き、残りは混乱で脳内に留めることが出来ずに過ごしている。


つまり、俺のお誘いは失敗半分、成功半分、ということだ。
『飯を食いに行こう』と誘いを掛けたところまでは良かった。斎藤が何の躊躇いもなく、『いいですよ』と返事をしてくれた辺りでは、何やらでかい金色の鐘がリンゴンと鳴り響き、イカ腹の天使が花かごを持って降臨するビジョンまでが浮かんでしまった。
薄い色味の目が机の上の時計を見て、

『じゃあ、15分で支度するんで、下の玄関で』

と言った時も、夢見心地で「ああ」なんて返事をしてしまった。俺の馬鹿。あんぽんたん。おたんこなす!
フリースの背中がくるりとこちらを向いて、脇のあたりからひん剥くみたいにして上着を脱ぎ始めた段になって、初めて事の方向が(俺的に)狂っていることに気が付いたのだ。

『…斎藤?』
『あれ、先輩まだ居たんですか』
『まだ、って、そりゃあ……』

だっていつにする、とか、何処に行くつもりなんだけど、とか、細かい計画の内訳をまだ話していないじゃないか。

斎藤は妙な風に引っかかっていた服を、一思いに脱ぎ去って、黒いタンクトップ姿で振り向いた。俺の下顎が重力に従順に落ちていく。
しろくて手触りの良さそうな膚が、背景から切り抜かれたように、目を射貫いた。こちらの動揺を悟る風もなく、彼は爪先から頭の天辺までを視線で往復させた。
お洒落とは程遠いが、特に変な格好をしているつもりはない。デニムの下、ジップアップのトレーナー、中には丸襟の長袖シャツ。

『…先輩はすぐに出られそう。わかりました、急ぎます』
『え、え、え、』

ちょっと待って、斎藤、と言う俺に、彼はこっくりと首を横へ傾いだ。

『――――飯、食いに行くんでしょう』






そうです。その通りなのです。
日曜日で夕飯がまだだった斎藤は、同じく大家に夕食を頼んでいなかった俺が、飯を誘いに来たと思ったんです。しかも今日。この後、すぐ、というシチュエーションで。確かに誤解されても可笑しくない誘い方ではあったよ。その点は潔く反省しよう。

チキン、且つ、あまり目立った幸福に見舞われたことのない俺は「違うんだ」と否定出来なかった。改めて、「ホワイト・イルミネーションを見に行く・およびその他の予定」に彼を誘うことが躊躇われた。
万が一(いや、十が一くらいかもしれない…)断られでもしたら、斎藤が快諾してくれた「一緒に晩ご飯ツアー」すら駄目になってしまうのではないかと、危ぶんだのだ。だって、普通に考えても気まずいじゃないか。

数日後の大金星より目先のささやかな幸せだ。考えを切り替えて、俺は何でもない風を繕った。どもりつつも、急かすみたいで悪いな、と蛇足まで付けた。我ながら、よくもまあ言ったもんだ。

左可井、不甲斐ない友人を赦してくれ。折角授かったプランを実行することなく、結果、玉砕もしないで済んだので、お前も大人しく冬休みを過ごして頂きたい。



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