(5)




ばりばりと頭をかきむしり、その所為でずれた眼鏡をかけ直して、やり直しを乞うように彼の両肩をもう一度、捕らえた。
女のそれとは、きっと違うだろう、骨っぽい感触。直に触れると思ったよりもしっかりしている。近い距離で見ると、睫毛の色まで薄いのが分かる。吐息の音まで、拾えてしまいそうな。
斎藤が俺を見上げる。俺は彼の視線を正面から受ける。きらきらと、薄い水の膜に反射でもするかのように、飴色が光っている。

せんぱい、と斎藤の口が動いた。

「…ちかいです」
「―――――!す、すまん!悪い!なんかちょっとぼうっとしてた!」
「それは、見れば分かります。…調子、悪いんじゃないですか」
「いーやいやいやいや、そういうわけじゃあ、ないんだ!」

悪い、と繰り返すと、彼は小さく苦笑した。呆れよりも「しょうがないな」と言った、困ったようなニュアンスが強いそれは、日々、大江などが与えられているものだ。のっぽの下級生が、都度、幸せそうに笑っているのを思い浮かべる。…なんか、少し気持ちが分かるような気がしたぞ。
うん、と咳払いをするごく僅かな間、俺は脳みそをフル回転させて考えた。
左可井との密談、雑誌の内容、俺と斎藤の関係性―――そういったあれこれを反芻し、季節や天候や日時もろもろの条件を加味してふるいに掛けた結果、最適な誘い文句を再度生み出さねばならない。果たして、ホワイト・イルミネーションなんつう長ったらしい単語をうまく言ってのけることができるだろうか?

数少ない幸いとして、星座の加護のお陰なのか、話し始めて十分程度経過した今に至るまで邪魔の入る様子はなかった。寒々とした廊下は時が止まったかのようで、俺と斎藤が話す声の他はしんと静まりかえっている。
こと斎藤の事に関しては、下宿の連中すべてが障害になりかねないところが恐ろしい。林は嬉しそうに、大江は怒気を剥き出しにしてすっ飛んでくる、黒澤からは無言の圧力、見目と皆川はにやにや笑いながら突っかかりやがる。別に取って食うわけじゃねえ。むしろお前らの方が余程に危険だ。


(「…よし、」)


腹は決まった。
まず、眼鏡を外した。この距離なら眼鏡がなくても、小作りなパーツのひとつひとつまでよく分かる。正直言えば、あまり眺めていると無性に落ち着かなくなるのだけれど。
それでも、何も間に挟むことなく、伝えたい気分に駆られての行動だった。
きちんと背を正し、あまり質がいいとは思えないハスキーな声が、少しでも印象よく聞こえるように努める。金属の蔓を持った手が生暖かくて気持ちが悪い。セントラルヒーティングなんて望むべくも無いこの家は、部屋以外はひたすらに冷える。にも関わらず、これはいったいどうしたことだろうか。
――――左可井、俺はやるぞ。もし玉砕したら骨を拾うって約束したよな、…死んでも忘れるなよ。あ、お前も死んだら駄目なのか?

「…先輩、やっぱり…」

案じるように何かを言いかけた斎藤の声が、俺を現実に戻してくれた。いかん、左可井に思いを馳せている場合じゃねえ!

「さ、さいとお!」
「はっ、はい?!」

つられたのか、彼の背もぴんと伸びた。緊張が伝染したかのようだった。因みに俺のプレッシャーはその姿で倍増しになったことを付記しておく。
ほっそりとした腰のあたりで遊んでいた手を握り取り、遂に―――遂に言ってのけた。


「―――飯、食いに行こう」




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