(4)



十七年という短い人生を振り返っても、自分はあまり人を誘う立場には無かったように思う。少なくとも異性をデートに誘ったことなんて、ない。
そして同性と約束を取り付けるに際して、ここまで緊張しているのも初めてだ。



左可井とつるんだ、その翌日である。

俺は自室を出、その正面に位置する部屋の前に立っていた。扉の間からは薄く光が漏れている。冬の日は落ちるのが早い。外はもう随分と暗くて、おばさんが点けた廊下の電灯がぼう、と狭い範囲を照らしている。
時刻は夕方の5時過ぎだ。飯も、風呂の時間にもまだ早い。
日曜日の飯は前日、大家に頼んでいなければ基本自前になる。そうなると下宿生の飯の時間は皆バラバラで大概は8時だの9時だの、適当に済ませている奴ばかりだ。こんな時間に飯を食っている奴はそう居ないのである。間違いなく、斎藤はこの中に居る。

幾度か深呼吸を繰り返してから、俺はドアをノックした。

「…はい?」
「あ、俺、だけど」改めて付け足すのが何故だか異常に恥ずかしい。「…東明、だけど」
「…しのあけせんぱい?」

ごそごそと物音がしてから、目の前の扉がすらりと開かれた。視線を下ろすだけで表情をきちんと捉えられる、丁度いい身長差。少しだぶついたフリースの上下を着込み、素足でカーペットを踏んだ斎藤の姿がそこにはあった。

心配していたよりも落ち着いた顔だ。少しほっとした。淡い褐色の虹彩は、突然現れた俺を不思議そうに映し出していたが、不快に思っている風はなかった。でも、…ちょっと痩せたんじゃないだろうか。
灰色の袖をまくり上げながら、彼は言った。

「どうしたんですか?」
「…。え、ああ、えっと、だな」

露わになったしろい腕は、やはりどこかほっそりとして見えた。確かに小柄ではあったけれど、こんな、透明な印象の奴だったろうか。年に不似合いな、物憂い、儚い雰囲気に俺は呆然と――――――それから釘付けに、なった。斎藤の肩がふるり、と震えて、鼻の頭に薄く皺が寄る様まで凝視し続けた。彼の口唇がそろそろ開く様子まで、ずっと。

「…東明先輩、」
「あ、うん…」
「寒いから……入りませんか?」
「! い、いや、いいんだ。すぐ終わる話だから!」

しまった。何をしているんだ。まるでみとれているみたいじゃないか。
大慌てで彼の肩を掴み(掌に容易く収まった厚みにぞくりとすらした)、暖かい空気の方へ押し戻す。斎藤はされるがままで、たたらを踏むみたいにして後退した。
彼の背後には、ベッドと勉強机と、床に散らばったクッション、人間が抜け出た形に膨れた毛布が見える。それからMP3のオーディオプレーヤー。足元ではロールシャッハ・テストみたいな形になった俺たちの影がわだかまっている。

休んでいたのかもしれないと思うと、申し訳なさに胸が痛んだ。思いこみでなければ、斎藤は明らかに憔悴しているようだった。
俺の誘いが、彼にとって、少しでも気分転換になればいいのだが。

いいか、はじめが肝心だからな、と偉そうに言う、左可井の声がよみがえる。年齢イコール彼女居ない歴同盟の人間が知ったかぶりしやがってと思わなくもないが、収集せし情報量はあいつの方が余程に上だ。

『空いている日をいきなり聞いてみろ。「その日は無理です」とか言われてスベったら、お前みたいな人間は次が聞きにくいだろうから。いきなり要件からいくのが絶対にいい。とにかく承諾を取れ。それから日にちを決めろ!』

朝から連れ回すのも気が引けるし、俺はそんなに会話がうまい方じゃない。だから、昼から出かけて、映画見て、買い物して飯食って、帰りにイルミネーションを見られれば充分だろうと思う。左可井の立てた計画に丸乗りするのは些か悔しいが、すべては大切な後輩のためだ。
ジーンズのベルトループを意味もなくいじくりながら、我ながら情けないくらいのトーンで、俺は言った。

「…で、ででで、」
「で?」
「で、…で、電気、見に行かないか」
「家電ですか?」
「……………」



――――あれ、なんかまちがえたぞ。



「電気、ですよね。え、部屋の電気の傘とかですか?掃除機?あ、ゲーム機とか?」
「いや違うっ、そんなんじゃない、掃除機でもゲーム機でもアイロンでもねえんだ!」


イルミネーションなんだ!2人で行くと願いが叶うって触れ込みのやつなんだ!!


「……はあ」と、気の抜けたような声で答える後輩。

…あ…。
何てこった、思わずまくしたててしまった。
落ち着け、俺。相手は林の馬鹿どもでも左可井でもない。斎藤、なんだ。


- 5 -


[*前] | [次#]

短編一覧



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -